2015/11/10 4:49

日本の特許制度の不備により、核技術が韓国に流失、韓国が極秘実験。2004年、事件を理事会に報告しようとしたIAEAエルバラダイ事務総長を韓国政府は脅迫。
日本は、欧米主要国と同じく核兵器開発に繋がる技術の情報公開を限定する「秘密特許制度」を再度整備する必要があります。

《日本の核技術流出:初確認 04年査察、韓国で資料押収》
2015.11.04 毎日新聞

 国際原子力機関(IAEA)が2004年夏に韓国の極秘ウラン濃縮実験施設を査察した際、日本が開発した濃縮技術の特許に関する資料を押収していたことが毎日新聞の取材で分かった。IAEAのオリ・ハイノネン元事務次長が明らかにした。査察では、この特許に基づいた機器も見つかった。欧米主要国では、核兵器開発につながる技術は情報公開を限定する措置が取られているが、日本では、特許出願で詳細な技術情報が公開される。特許制度の不備により、軍事転用可能な核技術が他国で利用されていることが初めて明らかになった。

 ハイノネン元次長によると、日本の濃縮技術情報は、IAEAが韓国中部の大田にある「韓国原子力研究所」を査察した際に見つけた。日本の電力各社が中心となり1987年に設立した「レーザー濃縮技術研究組合」が開発したレーザー濃縮法と呼ばれる技術の特許に関する資料だった。

 ウランなど核物質を使う実験を行うには、事前にIAEAに届け出る必要があるが、韓国はこれを怠り、04年8月に自主的に申告。IAEAの査察で極秘実験が裏付けられた。

 IAEAによると、韓国は00年1〜3月に少なくとも3回、極秘のレーザー濃縮実験を実施し0・2グラムの濃縮ウランを製造した。濃縮度は最高77%に達した。ただ、ウラン(広島)型核兵器の製造には濃縮度が90%以上のウラン25キロが必要で、実験は小規模な実験室レベルにとどまった。

 レーザー濃縮技術研究組合は、93年から02年までレーザー濃縮法など計187件の特許を出願し、技術情報が公開された。韓国は、こうした日本の核技術情報などを入手し、極秘実験していた可能性がある。

 核技術を巡っては、01年に大手精密測定機器メーカー「ミツトヨ」が三次元測定機と呼ばれる機器をリビアの核兵器開発用として不正輸出した例があるが、今回のように核技術情報の利用が判明したのは初めて。

 韓国への特許情報流出は日本の国内法上問題はないが、荒井寿光・元特許庁長官は「軍事技術にも転用できる技術を公開している実態は危険だ」と話している。【会川晴之】

◇レーザー濃縮法

 天然ウランにレーザーを照射することで、核分裂反応を起こしやすいウラン235だけを集める濃縮法。米仏などのほか、日本でも原子力発電所の核燃料製造のため1980年代後半から技術開発が本格化した。高濃縮ウラン製造に向くため、軍事にも利用できる。低コスト化が難しく、いずれの国でも商業化には至らず、遠心分離法が主力になっている。

◇すべての情報が公開される…日本の特許の実態

 日本が独自に開発したウラン濃縮技術の情報が、韓国の原子力研究機関で見つかったのは、原子力の平和利用を目指す日本が、核技術の海外流出に注意を払ってこなかったことに一因がある。こうした利用例は、韓国以外にも存在する可能性がある。

 濃縮などの核技術は、平和、軍事両面で利用が可能なため、主要国は機微技術を秘匿する「秘密特許」制度などで情報公開を限定する措置をとっている。日本にも「秘密特許」はあったが1948年に廃止され、特許を出願した技術情報は、すべての人が知りうる「公知の技術」として公開されている。世界のどこからでもインターネットで検索できる。

 60年代から本格化した日本の濃縮技術開発は、動力炉・核燃料開発事業団(現日本原子力研究開発機構)など国の機関が深く関与、核技術の国外流出を防ぐ手立てを講じてきた。具体的には、特許の出願は認めるものの、情報を非公開にする「放棄」という特殊な手続きを取ることで、事実上の「秘密特許」扱いにしていた。

 だが80年代半ば以後から民間主導の技術開発が本格化した。動燃のような厳しい情報管理態勢を敷かなかったため特許出願が相次いだ。「放棄」を利用する制度は有名無実化し、98年の特許法改正で廃止された。現在は、特許取得をせずその技術に関する権利をあきらめるか、さもなければすべての情報が海外にも公開される実態がある。核拡散を防ぐ手立てを講じることが、唯一の被爆国の責任でもあろう。

http://mainichi.jp/shimen/news/20151104ddm001030163000c.html


2010.01.22 中央日報(抜粋)

 韓国原子力研究所の科学者は00年初め、密かに原子蒸気レーザー同位元素分離(AVALIS)方式でウラン濃縮実験を3度行った。 実験で得た0.2グラムのウランの純度は平均10%、最高77%だった。 04年9月、国際原子力機関(IAEA)のエルバラダイ事務総長はこの事件を理事会に報告する準備をした。 韓国政府は事務総長3選に向けた運動をしていたエルバラダイ総長に対し、その事件をIAEA理事会に回付すれば3選を阻止する運動を行うと脅迫した。 エルバラダイ総長は韓国政府の脅迫と懐柔に屈服せず、事件を理事会に報告し、韓国政府は「一部の科学者が学問的な好奇心からこうした実験を行った」と釈明した。

http://japanese.joins.com/article/452/125452.html


《戦後70年・核回廊を歩く:日本編/38 「秘密特許」廃止》
2015.11.06 毎日新聞

 終戦直後の1945年9月2日、日本が降伏文書に署名したことを受け、進駐軍は「指令第1号」を発令する。その内容は、外地に散在する日本軍の降伏方法などが中心だが「特許、設計、図面及び発明は、連合国最高司令官から追って指示があるまで現状のまま良好な状態で保全すること」と、特許の保全も盛り込んだ。陸海軍が保有する技術や特許に強い関心を持っていたことがわかる。実態を把握した進駐軍はその後、特許法の改正を日本政府に促していく。

 「日本国憲法の戦争放棄の規定との関係上、秘密特許制度を廃止した。軍事上秘密を要する発明、または軍事上必要な発明に関する規定をすべて削除した」

 48年6月2日の参院鉱工業委員会。駒井藤平商工政務次官は特許法を改正する理由をこう説明した。それまでの特許法は、軍事機密を守るため「軍事上の秘密がある発明」についてはその内容を公開しない「秘密特許」という制度を設けていた。だが戦争を放棄した以上、そうした軍事に関わる発明は必要なくなる。

 改正案は目立った質疑もないまま原案通り成立、7月15日に施行された。これにより1888(明治21)年以来続いた「秘密特許」制度は廃止される。陸海軍が保有していた秘密特許1571件も56年までに段階的にすべて公開されていく。第9条に戦争放棄を定めた日本国憲法の施行から1年ばかり。軍事にも転用可能な核技術を開発するまで日本が復興するとは、誰もが思ってもいない時代だった。

 その後、日本は急速に復興を遂げる。朝鮮戦争を機に再軍備も果たす。非核国では唯一、ウラン濃縮、核燃料再処理技術を保有した。だが「公開」の原則を定める原子力基本法や「秘密特許」制度がない状態は変わらない。特許出願での技術情報はすべて公開され、世界中からインターネットでのアクセスが可能だ。

 知的財産権専門家の荒井寿光・元特許庁長官(71)に尋ねた。「核開発を目指す国はあらゆる手段を使って情報入手を試みる」。荒井は、各国の核技術者が世界中の論文や技術情報に目を光らせている状況を述べた上で、日本の課題を語り始めた。「87年の東芝機械事件と同じ。日本の技術が軍事に使われるわけがないと思考停止している。日本は先進工業国。それなのに60〜70年前の時点で思考を止めている」。では、どうしたら良いのか。(敬称略)<文 会川晴之>

http://mainichi.jp/shimen/news/20151106ddm002010156000c.html

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