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ホフステッド指数を活用したコグートとシンによる「国民性分析」によると、日本人と価値観や行動様式が最も近い国はハンガリー(1番目)とポーランド(2番目)。日本と同じアジアの国である韓国(39番目)や中国(47番目)は、意外にも欧州のドイツ(8番目)やフランス(28番目)よりも離れている。外交、政治を考える際にも参考になります。

《国民性の違いを定量化したホフステッド指数、グローバル経営に寄与》
2014.10.20 日経BizGate 波頭亮

 前回は、経営学の主たるテーマがタンジブル(具体的・定量的・物理的)な対象から、インタンジブル(抽象的・定性的・心理的)な対象へと移ってきていることについて解説した。

 1980年代にはポーターやコトラーにより、精緻なデータ分析と明快なフレームワークを用いることによってあたかも方程式を解くように戦略を策定することができると提唱された。しかし、90年代後半にはバーニーやプラハラードおよびハメルらによって、自社独自の組織文化や行動スタイルの特徴に根ざした戦略こそが有効である、というコア・コンピタンスの考え方が提起されるようになった。さらに2000年代になると、経営トップの属人的な資質であるリーダーシップが組織の仕組みやマネジメントルール以上に企業戦略の執行力を決定し、また企業風土自体をどう変革するか、どう醸成していくかというテーマこそが最重要経営課題であるという認識になってきている。近年の経営学の流れを大きく捉えると、このような流れである。

 今回はそうしたタンジブルからインタンジブルへの流れに関連する、興味深い研究について紹介しよう。その研究とは「国民性の指数化(定量的測定)」である。

■ 「文化・国民性の違い」を定量化したホフステッド指数

 近代的経営戦略論が始まった60年代以降、大企業は事業の国際的展開を積極的に推進していったが、その際、企業は進出先の国で文化の壁にぶつかることが多かった。本国では当然のように事が運ぶようなことでも、進出先の国では全く通用しないことが多々発生した。

 たとえば、期日内にやり上げなければならない仕事が残っている時は、本国では当然のように全員が残業してでも片づけるようにしていたのに、別の国では誰も残業してまで仕事をやろうとしない。何とか仕事を仕上げようと残業代を大幅に割増しして頑張ってもらうと、収入が増えた分、翌日以降欠勤する人が多数発生するというケースすらあったと聞く。

 こうした例のほかにも、上司の命令が絶対の国と、上司の命令といえども部下が納得し、信頼関係が築かれた上でないと少しも働かない国がある。仕事の知識や技術を丁寧に教えても、知識や技術を身に付けると、それを売りものにしてさっさと転職してしまうというケースもよく聞く話である。

 その国独自の文化や人々の行動様式は、その国の様々な社会的要素、たとえば労働法や商習慣、歴史や宗教、人生設計や家族観、社会の階層構造や経済の発展段階などが複雑に絡み合って成立しているものである。したがって、他国の企業のビジネスモデルや組織マネジメントのルール、人事制度を強引に押しつけようとしても、すんなりと受容されるものではないし、現場の実情に合致している保証もない。

 こうした多様な国の文化や人々の行動様式をどうマネジメントするのか、ということが事業の国際展開における非常に重要な経営テーマとして70年代あたりから注目を集めるようになってきたのである。

 そのような事情を背景に、様々な国の文化(国民性)を定量的に測定し、指数化しようとしたのがヘールト・ホフステッドである。ホフステッドは米IBMの世界40カ国11万人の従業員に行動様式と価値観に関するアンケート調査を行い、1980年にはその国の文化と国民性を数値で表すことのできる「ホフステッド指数」を開発した。「ホフステッド指数」はその国の文化・国民性を端的に表す指標として、次の4項目を挙げた。

(1)個人主義指数(Individualism)
(2)権力に対する姿勢(Power Distance)
(3)不確実性に対する姿勢(Uncertainty avoidance)
(4)"男らしさ"(Masculinity、競争志向・自己主張の強さ)

 これら4項目について、それぞれ定量的な測定を行うことによって、その国の文化と国民性を表す指標として提示したのである。

■ 客観分析がもたらした、国民性の意外な違い

 従来、定性的に判断・評価されていた国民性や行動様式というファクターが、定量的な指標として測定可能になった意義は大きい。たとえば、ブルース・コグートとハビール・シンはこのホフステッド指数を使って1988年に「国民性分析」という研究論文を発表した。この分析において、どの国の国民とどの国の国民とが価値観や行動様式がどれくらい似ているのか/違っているのかを計算し、定量的に表すことができることが示された。

 それまで、「日本人と韓国人はどちらも儒教の国だから根っこのところは似ている」とか「個人主義の欧米人と日本人とでは、そもそもチームを組んでも、うまくいかない」などと、経験的に、定性的に語っていたようなテーマが、ファクター別に定量的に判断・評価できるようになったのである。

 当然、似たような国民性の国では同じようなマネジメントスタイルや人事制度が通用しやすいし、大きく違った国民性の国に進出する場合には、人事・評価制度はもちろん、上司と部下のコミュニケーションの取り方まで別物に仕立てなければならないということになる。

 ちなみに、ホフステッド指数を活用したコグートとシンによる「国民性分析」によると、日本人と価値観や行動様式が最も近い国はハンガリー(1番目)とポーランド(2番目)。日本と同じアジアの国である韓国(39番目)や中国(47番目)は、意外にも欧州のドイツ(8番目)やフランス(28番目)よりも離れている。マレーシア(61番目)やシンガポール(64番目)に至っては、米国(41番目)や英国(49番目)と比べても価値観や行動様式が異なっているというのが興味深い。

 もちろん、このホフステッド指数の正確さやコグートとシンの計算式の妥当性が完全に正しいという保証はないのであるが、現在もこのホフステッド指数が最も信頼できる指数として広く活用されている。ホフステッド指数が1980年に提唱されて以降、国民性を計測する指数が多数提唱されているにもかかわらず、である。この現実からして、かなりの信頼性を認めて然るべきだといえよう。

■ 会計ルールの国際統一は進んだが…

 いずれにせよ、ホフステッド指数の登場以降、各国の文化や国民性の違いについて数多くの研究がなされ、国ごとの人々の考え方・感じ方や行動様式には決定的な違いがあることが明らかにされてきた。そして、この発見と検証によって国際化を図る企業の経営戦略の方針が大きく転換を遂げたのが2000年前後の頃である。

 2000年前後までは、多くの企業が事業展開の国際化を図ろうとする際に求めたのは世界中で通用するマネジメントシステム、言うなればユニバーサルモデルであった。世界共通の組織運営体制、共通の人事・評価・報酬制度、共通の意思決定のプロセスによって、世界展開している自社の組織とオペレーションをシンプルかつ統一的にマネジメントしようとしていた。

 そうした試みは、80年代~90年代にかけて共通の会計制度を導入するあたりまでは何とか成功していた。各国の制度的相違を調整する経理・会計のルールを設計し、共通の基準による売り上げの計上、経費科目の共通化、利益算定基準の統一化などを行い、統合基幹業務システム(ERP)を活用しながら、世界中のオペレーションを統一的会計ルールによってマネジメントする仕組みを構築しようとしたのだ。

 こうした目論見にはもちろん十分な合理性はある。国によって売り上げも利益も経費も、算定基準がバラバラだと、先月の売り上げがいったいいくらあったのか、儲かっているのか損が出ているのか、正確に分からない。これでは有効な戦略を立案するのが難しいばかりか、信頼に足る財務諸表を作ることすらままならない。

 事業の国際展開を推進していく上で、会計ルールの統一化は必須であったし、またそうした事情を背景に90年代には各国政府が協調して世界共通の国際会計基準(IAS:International Accounting Standards)の制定を推進したこともあって、2000年には企業会計に関してはユニバーサルなルールがほぼ確立した。

 しかし、カネと並んで重要な経営資源であるヒトのマネジメントの段階では、人事制度、評価制度、報酬制度を各国共通にユニバーサル化する試みはほとんど頓挫せざるを得なかった。

■ もともと無理筋だった人材マネジメントの国際統一

 当然と言えば当然の話であろう。ビジネス上、特に関係の深い日本と米国だけを比べてみても、大きく違う。新卒一括採用の日本に対し、新卒一括どころか個別の人材が企業と1対1の関係で雇用契約を結ぶのが米国である。採用活動、キャリアパス、評価のルール、報酬決定のプロセスが全く異なるのであるから、統一ルールで人材を採用し、配属し、モチベーションをコントロールし、育成し、昇進・代謝させるなどというのはとうてい不可能なのである。

 こうしたマネジメントのユニバーサル化は無茶な取り組みではあったが、90年代いっぱいくらいまでは、統一ルールによってシンプルかつ効率的に自社の海外拠点をマネジメントしたいという企業の側の都合によって、会計ルールに続いて人事に関してもユニバーサルモデルを追求しようとする傾向が主流であった。

 ユニバーサル・マネジメントルールの導入が上手くいかない経験を重ねるのと並行して、1990年代後半にはホフステッド指数やコグート&シンの研究成果の存在が広く知られるようになった。2000年前後から企業の国際化は、「インターナショナル・ユニバーサル・モデル」の追求から、各国の個性を反映した形の「マルチローカル・マネジメント・モデル」へと大きく転換したのである。

 世界中をシンプルな1つのルールでマネジメントしたいという企業の強い欲望を諦めて方針転換をすることになったのも、各国の文化や国民性はかくも大きく違っているという事実を定量的に示し得たことが寄与していると考えて間違いないであろう。

 文化、国民性、価値観、行動様式といった定性的なファクターを定量的な指標で表現するというタンジブルなアプローチで捉えたことが、インタンジブルなことこそ重要な経営戦略テーマであるという現代の経営戦略のトレンドを大きく進展させたのである。

■ 1980年は経営・経済のエポックメイキングな年

 ところで、余談ではあるが、文化や国民性を定量的な指標で表すという新しい研究の道を拓いたホフステッド指数が発表されたのは、前述のとおり1980年である。

 この連載コラムで紹介してきた「経営や経済に新しい道を開いた歴史的研究成果」が登場した年と奇しくも合致している。

 今も"戦略論のバイブル"と称されるマイケル・ポーターの『競争の戦略』が発表されたのが1980年。

 同じく"マーケティングのバイブル"と称されるフィリップ・コトラーの『マーケティング原理』も1980年。

 前回のコラムで紹介した、80年~90年代に世界の主要国で経済政策のキーノートとなったミルトン・フリードマンの『選択の自由』も1980年。

 そして、今回の『ホフステッド指数』をヘールト・ホフステッドが発表したのも1980年である。

 1980年は経営と経済の分野の研究の方向を決定づけるエポックメイキングな年なのである。

波頭 亮 (はとう りょう)
東京大学経済学部を卒業後、マッキンゼー・アンド・カンパニー入社。1988年独立、経営コンサルティング会社XEEDを設立。幅広い分野における戦略系コンサルティングの第一人者として活躍を続ける。『経営戦略論入門』、『成熟日本への進路』、『プロフェッショナル原論』、『組織設計概論―戦略的組織制度の理論と実際』、『戦略策定概論―企業戦略立案の理論と実際』など著書多数。
http://bizgate.nikkei.co.jp/article/79420415.html