2014/03/10 20:50

《「東京大空襲」 昭和20年3月10日 史上最大の虐殺》

本3月10日、東京大空襲がありました。10万人以上の東京の一般市民が一夜にして虐殺されました。単独の空襲による犠牲者数として世界史上最大であり、一夜で東京市街地の東半部、東京35区の3分の1以上の面積に当たる約41平方キロメートルを焼失しました。改めて、犠牲者のご冥福を祈ります。

1944年(昭和19年)11月24日にヘイウッド・ハンセル准将の指揮により始められた日本本土空襲は、軍需工場、製油所などの目標地点のみを攻撃するものでしたが、45年(昭和20年)1月21日に交代したカーチス・ルメイ少将は、無差別爆撃を試行していたハンセルの戦術を踏襲して大規模な無差別爆撃を立案、最初の目標に東京を選びました。

無差別爆撃の方針は、陸軍航空軍司令官ヘンリー・アーノルド大将と民家焼夷攻撃論者の参謀総長ローリス・ノースタッドによるもので、アーノルドは45年6月16日の日記に「ジャップを生かしておく気など全くない。男だろうが女だろうがたとえ子供であろうともだ。ガスを使ってでも火を使ってでも日本人という民族が完全に駆除されるのであれば何を使ってもいいのだ」と書いています。

もちろん、都市そのものの殲滅と非戦闘員たる民間人の大量殺戮を目的とする無差別爆撃は国際法違反の戦争犯罪であり、戦後、ルメイは「もし我々が戦争に負けていたら、私は戦争犯罪人として裁かれていただろう。幸い、私は勝者の方に属していた」と語っています。

1964年12月7日、日本国政府(佐藤内閣)はルメイに航空自衛隊育成の功績により勲一等旭日大綬章を授与しましたが、私には理解できません。