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フィリピンの外交を親米から従中に変えつつある華人の血。
「ドゥテルテ氏には華人の血が流れている。母方の祖母が華人の女性だった。中国語についても「聞いて分かる」ということを本人は言っている。」
我が国も他人事ではありません。

《フィリピン次期大統領ドゥテルテ氏、意外に深い華人とのつながり》
2016.05.10 Newsweek 野嶋剛

 9日に投票が行われたフィリピン大統領選で、当初の予想を裏切って当選を確実にしたロドリゴ・ドゥテルテ・ダバオ市長は、フィリピンにおける中国系移民の華人社会のなかでも歓迎された候補者だった。基本的には所得面で中間層以上に属する華人が、「庶民の味方」を打ち出して華人とは利害が一致しなさそうに見えるドゥテルテ氏に好感情を抱く理由は、一体どこにあったのだろうか。

 ドゥテルテ氏には華人の血が流れている。母方の祖母が華人の女性だった。中国語についても「聞いて分かる」ということを本人は言っている。フィリピンにおける華人の90%は福建省出身で、その大半は晉江という地域から渡ってきている。ドゥテルテ氏が理解できるとしても、おそらくは福建方言であろう。華人社会と近い関係を持っていることは確かで、ドゥテルテ氏のすべてを取り仕切っていると言われている側近中の側近も華人であり、その人物は、ドゥテルテ氏の早期からの支持者である華人企業者の家族であるという。

 なかなか正確な統計を出すのが難しいが、一般には、フィリピンにおける華人は100万人いるとされる。フィリピンの有権者人口の約5000万人からすれば決して大きな数ではない。しかし、経済においては大きな力を持っているのは確かだ。「シー財閥」「ルシオ・タン財閥」「コファンコ財閥」「ユーチュンコ財閥」などの名前が有名だが、これらの華人財閥が、ビールで有名なサンミゲル、フィリピンの2大チェーン・スーパーマーケット、大手ドラッグストア、フィリピン航空、セブパシフィックなどの航空会社、農場、鉱山などを経営している。

 華人がフィリピン経済の半分を牛耳っているという説もあったが、これはいささか誇張が過ぎるだろう。しかし、資産家ランキングのうちトップ10人は常に半数以上を華人系が占めており、フィリピン経済のなかで無視できない力量を持っているのは確かだ。ただ、華人の企業家たちが結束して1人の候補を推すというより、フィリピン政治の有力者とそれぞれの華人系の財閥グループが密接につながっている、というイメージである。このコラムで論じているのも、華人財閥の政治的行動ではなく、一般的な華人社会の心理面の問題である。

■ 当初は台湾と親密だったフィリピン

 フィリピン華人の特徴は、マレーシアやインドネシアと違って商業移民が中心であり、苦力(クーリー)のような労働移民は非常に少なかったことだ。前述のとおり、出身地は90%以上が福建で、ほかの広東など別地方の出身者の華人も、フィリピンでは福建語を話さないと生きてはいけない。また、スペイン植民地政府時代の排華政策で16世紀以来の華人移民が一時はほとんどいなくなったため、現在の華人は基本的に19世紀以降に新たに移民してきた人々で、いまの最も若い世代でも第3代か第4代に過ぎない。

 また、フィリピンの華人は、現地との融合度が高い。マレーシア、インドネシアは、もとの英国統治時代の分離統治の伝統に加え、宗教の関係もあって融合が進まないが、タイでは同じ仏教信仰という部分もあり、現地社会との融合はアジアでは最も進んでいる方だ。フィリピンもタイに次ぐ形で融合が進んでいる。カトリックの開放的な性格もあって多くの華人がカトリックに改宗していて、通婚も普通に行われており、「華人問題」というくくりではなかなか論じにくいところがある。

(写真:ダバオ市のチャイナタウンに貼ってあったドゥテルテ氏のポスター(筆者撮影))

 戦後、同じ西側陣営の一員としてともに反共を掲げたフィリピンと台湾は、親密な関係を結んだ。フィリピン華人に対する台湾の影響力は強く、その名残は、いまもフィリピンの華人向け学校に「中正学院」という名前の学校があることにもうかがえる(「中正」とは蒋介石の本名で、台湾には「中正大学」という大学もある)。使っている文字も、マレーシアやシンガポールと違っていまも台湾の繁体字である。

 フィリピンはマルコス時代の1975年に台湾と断交し、中華人民共和国と国交を結んだ。その前後、マルコス大統領(当時)はフィリピン生まれの華人に対して、ほかのフィリピン人たちと同等の国民待遇を与える法律を制定した。そのため、いまでも年齢層の高い華人の間ではマルコス氏への思い入れがあり、マルコス同情論は根強い。今回の選挙では、マルコス氏の長男である副大統領候補のフェルディナンド・マルコス上院議員に入れた華人も多かっただろう(フィリピンでは大統領選と別に副大統領選の投票が行われるが、フェルディナンド・マルコス氏とレニ・ロブレド下院議員の大接戦となっている。10日正午時点でまだ結果は出ていない)。

■ 腐敗・犯罪への取り締まりに華人社会は期待

 今回、華人社会の世論が総じてドゥテルテ氏に好意的だった理由はいくつかある。フィリピンにおける華人研究の第一人者であり、同国の華字紙「世界日報」のコラムニストである呉文煥氏に聞いたところ、ドゥテルテ氏が掲げる腐敗や犯罪への取り締まりは、華人社会が常に歴代政府に強く願いながら十分に叶わなかった部分であり、アキノ現政権でも、治安や腐敗の問題は大きな改善がなかった、という認識が華人の間にはあるという。また、中国との対立を辞さないアキノ大統領の姿勢は、中国に対して「愛国」や「祖国」という意識を持っており、中国との良好な関係を心理的に期待する華人の政治的習性からすれば、決して好ましいものではない。一方、中国に対して対話を排除しないとしているドゥテルテ氏に期待感を持つのは自然だ。

 また、華人に対するアキノ大統領自身の姿勢も厳しかったとされる。呉氏が強く印象づけられたのは、在任中のアキノ大統領がフィリピン最大の華人団体である「菲華商人総会」において、華人たちが脱税や逃税に熱心で、納税の義務を果たしていないと批判したことだった。お金の話には、華人はとりわけ敏感だ。アキノ氏にも華人の血が流れているとされるが、この「脱税批判」発言以後、華人社会ではアキノ大統領への不信が固まったという。

「わたしたち華人が求めているのは、法的にも制度的にも公平で、治安もよい安定的な環境のもと、経済活動に存分に集中できることと、中国とは激しい喧嘩をしないことです」と、マニラで会った40代の華人ビジネスマンは語った。もちろん世代間や個人で考えに違いはあろうが、総じていえば、そんな華人特有の心理が、今回、フィリピンの大統領選において、華人を相対的にドゥテルテ支持の方向に導いたと見ることもできるかもしれない。

※「フィリピン人口の5000万人」を「フィリピンの有権者人口の約5000万人」に訂正しました(5月17日)

http://www.newsweekjapan.jp/nojima/2016/05/post-1.php

https://www.facebook.com/koichiro.yoshida.jp/posts/660453114122228