《【賞賛される日本】中韓と異なるインドの歴史観と「インパール戦争」の評価》
中韓の一方的な歴史観に、要求通りに従う必要はありません。
以下、記事抜粋。
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首都デリーの中心部には、大東亜戦争においてインド国民軍を指揮して日本軍とともにインパール作戦を戦ったインド独立の英雄、スバス・チャンドラ・ボースの銅像が建つ。
インパール作戦は戦後、日本陸軍の愚策の1つとして批判にさらされてきた。だが、この作戦の本質は、日本軍約7万8000人とインド国民軍約2万人の日印連合軍による“対英インド独立戦争”である。この作戦があればこそ、戦後、インドは独立できたのである。
事実、インドはインパール作戦を「インパール戦争」と呼び、「対英独立戦争」と位置づけている。日本軍はインド独立を支援した解放軍である。インドは「日本が侵略戦争をした」という歴史観は持っていない。
インド解放のために英国軍と戦った日本軍将兵に対し、元インド国民軍大尉で、全インドINA事務局長、S・S・ヤダバ大尉は1998年1月20日、こう記した。
《われわれインド国民軍将兵は、インドを解放するためにともに戦った戦友としてインパール、コヒマの戦場に散華した日本帝国陸軍将兵に対して、もっとも深甚なる敬意を表します。インド国民は大義のために生命をささげた勇敢な日本将兵に対する恩義を、末代にいたるまで決して忘れません。われわれはこの勇士たちの霊を慰め、ご冥福をお祈り申し上げます》(靖国神社)
インドで英雄としてたたえられている日本人のことも紹介しておこう。その名は誰あろう東條英機元首相である。
2006年3月19日、カルカッタのチャンドラ・ボース記念館で「東條英機に感謝をする夕べ」が催された。そこには、チャンドラ・ボースの甥嫁であるクリシュナ・ボース館長に招待された、東條元首相の孫娘、東條由布子氏の姿があった。
そして、われわれ日本人が絶対に忘れてはならないのが、大東亜戦争後、日本にすべての戦争責任をなすりつけた極東軍事裁判で、裁判の不当性を訴えて日本人被告全員を「無罪」と主張したインド代表のラダビノート・パール判事である。