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ミスをしたのが日テレ記者。誤報を謝罪したのが産経新聞、フジテレビ。抗議をやめたのが中国、韓国。謝罪しないのが朝日新聞。

《【追悼・渡部昇一さん】「虚に吠えた中韓」暴いた渡部昇一さん 「侵略→進出」誤報事件を振り返る》
2017.04.30 産経新聞

 産経新聞正論メンバーで第1回正論大賞を受賞した上智大名誉教授の渡部昇一さんが17日、心不全のため86歳で亡くなった。筆者は渡部さんから何度か教育問題や皇位継承問題などでご指導いただいたことがある。渡部さんの大きな功績の一つは、教科書検定で中国への「侵略」を「進出」に書き換えさせたというマスコミ各社の報道が誤りだと指摘したことだ。渡部さんの訃報を機に、昭和57年夏の「侵略→進出」誤報事件を振り返る。(地方部編集委員 渡辺浩)

■ 報道もとに外交問題に発展

 57年6月26日付の新聞各紙は、56年度の文部省(現・文部科学省)による高校などの教科書検定結果を大きく報道した。

 朝日新聞は1面で「教科書さらに『戦前』復権へ」「文部省 高校社会中心に検定強化」「『侵略』表現薄める」との見出しで報じ、社会面の「こう変わった高校教科書」と題する検定前と検定後の記述を比較する表で「日本軍が華北を侵略すると」が「日本軍が華北に進出すると」に変わったとした。

 毎日新聞は「教科書統制、一段と強化」「“戦時”におう復古調」「中国『侵略』は『進出』に」、読売新聞は「高校教科書厳しい検定」「中国『侵略』でなく『進出』」、東京新聞は「“傷だらけ”新高校教科書」「『侵略』は『進出』に」などとした。

 産経新聞(当時の題号はサンケイ)も翌27日付で「新しい高校教科書ここが変わった」「中国侵略→進出」と報じた。

 これに対し、中国は国営新華社通信や共産党機関紙「人民日報」が繰り返し非難したのに続き、7月26日、肖向前第1アジア局長が日本大使館の渡辺幸治公使を呼び、「日本の新聞報道から判断すると」として「華北『侵略』を『進出』に書き換えた」などと指摘し、「歴史を改竄した」「日中共同声明の精神に反する」などと抗議した。韓国政府も8月3日に日本政府に記述の是正要求を行い、外交問題へと発展した。

 北朝鮮も反発。戦争の一方的な加害者であるソ連のモスクワ放送までが軍国主義の復活などと日本を非難した。韓国では釜山の日本総領事館が投石され、日本人に対する販売拒否、タクシー乗車拒否が行われた。香港では歌手の三原順子さん(現・参院議員)が出演予定だった音楽祭や、さだまさしさんの公演などが中止された。

■ 日テレ記者のミスを各社見逃す

 だが、56年度の教科書検定で中国への「侵略」を「進出」に書き換えさせたケースはなく、大誤報だった。

 なぜ各社そろって間違えたのか-。当時、文部省の記者クラブ「文部記者会」は教科書検定報道の準備の際に、膨大な冊数の教科書のチェックを各社が分担し、持ち寄って報告しあう慣行があった。実教出版の「世界史」を担当した日本テレビの記者が「『日本軍が華北に侵略すると』という記述が、検定で『日本軍が華北に進出すると』に変わった」と報告した。実際には検定前から「進出」と書かれていたが、各社が自社の責任で確認せずに報じたのだ(現在はこの分担取材は行われていない)。

 文部省は誤報と知っていた。7月29日から30日にかけて、衆院の文教、外務、内閣の各委員会や参院文教委員会で鈴木勲初等中等教育局長や藤村和男教科書検定課長が「『侵略』を『進出』にしたケースは、56年度検定の教科書の中では見当たらない」などと答弁した。

 マスコミ各社も気付き始めたが、目立たない軌道修正で済ませ、訂正やおわびは行わなかった。産経新聞は28日付で「中国政府に誤解もある」「検定前も『日本軍が華北に進出すると…』であり、『中国への全面的侵攻を開始した』である。検定で変わってはいないのだ」と書いた。30日付の朝日新聞は参院文教委のやりとり詳報の中で鈴木局長の答弁を紹介。同日付の毎日新聞も「これまでの調べでは今回の検定で『侵略』が『進出』に言い換えられた例は見つかっていないという」と触れただけだった。

 誤報に基づいた抗議であるにもかかわらず、9月に鈴木善幸首相の訪中を控えていたこともあり、官邸と外務省は中韓に屈服した。宮沢喜一官房長官は8月26日、「(教科書記述を)政府の責任において是正する」「検定基準を改め、前記の趣旨(アジアの近隣諸国との友好、親善)が十分実現するよう配慮する」との宮沢談話を発表した。

■ 世界日報の記事で誤報知る

 今ならインターネットで真実がすぐに拡散するが、当時はそうではなかった。

 横浜で鉄工所を経営する傍ら戦史を研究していた板倉由明さんは、中国の抗議を知った7月27日、マスコミ各社に電話し、「侵略→進出の書き換え事例はあるのか」とたずねた。「探しているが、あるはずだ」(朝日新聞)、「騒いでいるからには、あるだろう」(毎日新聞)、「間違いなく実例はある」(NHK)との回答だった。

 文部省教科書検定課に聞くと「そういう例はない」とのことだったので、翌日、朝日新聞に電話すると「今回は見つからなかったが、以前にはあったはずだ。字句の問題ではない。文部省の右傾化政策が問題なのだ」と言われたという。

 渡部氏が誤報だと知ったのは、8月6日付の世界日報の記事だった。記事は「実際は変わっていない“教科書”」との見出しで、教科書各社の実名を出して、検定前と検定後の記述の一覧表を掲載していた。

 世界日報は統一教会(現・世界平和統一家庭連合)系の日刊紙。今は内容が薄くなっているが、当時は海外特派員も多く、反共色の強い独自の記事が豊富で、保守派の間に愛読者が多かった。渡部さんは著書『朝日新聞と私の40年戦争』(PHP研究所)で次のように回想している。

 「発行母体は統一教会という問題のある団体ですが、文鮮明絡みの記事を除けば、当時は質の高い報道をする新聞で、教科書問題についても丁寧にフォローしていました」「しかし大新聞に、そのような記事はありません。どういうことかと訝(いぶか)しんでいるところに、『諸君!』の編集長の堤堯氏から連絡があり、『この問題を調べている人がいる』というので会いに行くことにしました」

 それが板倉氏だった。渡部さんは板倉氏の話を聞き、この問題を世に問うことを決意した。

■ 謝罪した産経新聞とフジテレビ

 渡部さんは8月22日に放送されたフジテレビの番組「竹村健一・世相を斬る」にゲスト出演し、侵略→進出の書き換えがなかったことを説明した。大手メディアでは初の明確な指摘だった。

 そして9月2日発売の月刊誌「諸君!」で「萬犬虚に吠えた教科書問題」と題した渡部さんの論文が掲載され、大反響を呼んだ。タイトルは「一犬虚に吠ゆれば万犬実を伝う」(一人が嘘を言うと、世間の多くの人はそれを真実として広めてしまう)ということわざをもじっている。同じ日に発売された週刊文春も「意外『華北・侵略→進出』書きかえの事実なし!」「歴史的大誤報から教科書騒動は始まった」との記事を掲載した。

 産経新聞は7日、第2社会面で「読者に深くおわびします」「教科書問題『侵略』→『進出』誤報の経過」と題した大型のおわび記事を掲載。翌8日付でも1面で「教科書問題 中国抗議の土台ゆらぐ」「発端はマスコミの誤報からだった」と大きく報じた。

 フジテレビは9日深夜の「FNNニュースレポート23:00」で、キャスターの俵孝太郎氏が「この時間のニュースでは、書き換えについて断定を避け、教科書問題は日本の国内問題であること、記述で大事なのはバランスだと申して一定の節度は保ったつもりですが、7月30日に文部省初中局長が『今回の検定での書き換えの事実はない』と答弁しているにもかかわらず、事実確認を怠り、広くジャーナリズムに存在している誤解、誤報を正す努力をしなかった点は素直に認め、誠に遺憾に存ずる次第です」と述べ、深々と頭を下げた。

 誤報と分かったことで中韓の抗議は収束したが、その後、宮沢談話に基づいて検定基準に「近隣のアジア諸国との間の近現代の歴史的事象の扱いに国際理解と国際協調の見地から必要な配慮がされていること」という「近隣諸国条項」が加えられ、歴史教育に禍根を残した。

■ 朝日新聞との40年戦争

 他のメディアは素直に謝らなかった。それどころか文部記者会は、産経新聞がおわび記事の中で教科書検定での各社分担取材の慣行をばらしたという理由で産経を処分しようとした。鈴木首相は予定通り9月26日に訪中したが、中国政府は産経新聞記者の同行取材を拒否した。

 朝日新聞は19日付の「読者と朝日新聞」欄で中川昇三・東京本社社会部長が読者の質問に答えた。「『侵略』→『進出』今回はなし」「教科書への抗議と誤報」「問題は文部省の検定姿勢に」との見出しで、「一部にせよ、誤りをおかしたことについては、読者におわびしなければなりません」としながら、「ことの本質は、文部省の検定の姿勢や検定全体の流れにあるのではないでしょうか」「侵略ということばをできる限り教科書から消していこう、というのが昭和30年ごろからの文部省の一貫した姿勢だったといってよいでしょう」と書き、論点をすり替えた。

 朝日新聞がその後も誤報を反省していないことは、平成18年4月4日付社説に表れている。当時官房長官だった安倍晋三氏がフジテレビの番組「報道2001」で「検定によって華北への『侵略』が『進出』に書き換えられたと報道され、中韓両国から抗議を受けた。当時の官房長官談話で謝罪したが、そのような書き換えの事実はなく、結果として、大変な誤りを犯した」と発言したことについて、「当時のずさんな取材を率直に反省したい」としつつ、「事実の一部だけを取り上げ、当時の政府判断を誤りと決めつけるような発言がそのまま独り歩きしては困る」と安倍氏を批判した。

 「東南アジアについては『侵略』を『進出』に変えた例もあった」「それ以前の検定では、中国との関係で『侵略』を『進出』に書き換えさせられた」などと、またしてもすり替えたのだ。

 中国の抗議は、昭和56年度検定で中国への「侵略」が「進出」に書き換えられたとする報道を基にして始まり、誤報と判明すると収まっており、東南アジアについての記述やそれ以前の検定は関係ない。

 前掲の渡部さんの著書『朝日新聞と私の40年戦争』は1970年代からの朝日新聞との言論対決を回想した本で、一昨年刊行された。

 「私と朝日新聞との40年戦争は、まだまだ続きそうです」。渡部さんは本をそう結んでいただけに、別れが惜しまれる。

http://www.sankei.com/world/news/170428/wor1704280036-n1.html

https://www.facebook.com/koichiro.yoshida.jp/posts/769608516540020

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