03/22/2016 03:02:53 PM

竹島は歴史的に全く日本の領土であり、韓国の主張には全く根拠も正当性もありません。韓国の竹島占領は、明白な我が国に対する侵略です。

ところが、我が国の側に、韓国の出鱈目な主張に迎合する似非学者がおり、反日メディアがあり、そして国民の無関心と政府の不作為が、韓国のエスカレートしていく横暴を幇助しています。

竹島で味をしめた韓国では、2008年に韓国国会議員50名が韓国国会に「対馬島返還要求決議案」を提出するなど、対馬を次の侵略の目標とした出鱈目な歴史捏造と宣伝工作が既に行われています。

《【竹島を考える】歴史論争で勝ち目ない韓国、「対外宣伝工作」に戦術変更 下條正男・拓殖大教授》
2016.03.22 産経新聞

 竹島問題は今、新たな局面を迎えている。韓国側は「独島(竹島の韓国名)は韓国固有の領土」と標榜し、竹島を所管する慶尚北道を中心に、攻撃的な対外宣伝工作に乗り出したからだ。

 3月14日付の『慶北毎日』(電子版)などによると、慶尚北道では今後、韓国観光公社の海外支店31カ所、在米の韓国学校千校余りと協力関係を構築し、500人の外国人リーダーを選抜して、「独島広報」に活用するという。

■ 歴史論争避け、宣伝工作選択した韓国

 これは、島根県竹島問題研究会が『竹島問題100問100答』を刊行し、昨年8月に『最終報告書』をまとめたことと無関係ではない。竹島が歴史的に韓国領でなかった事実が明らかにされ、韓国側では戦術の変更を余儀なくされたからである。

 だが、韓国側の「独島は韓国固有の領土」の宣伝文には意味がない。竹島を「固有の領土」と言えるのは、「無主の地」であった無人島を1905年に領有した日本だけである。1952年、韓国政府が「李承晩ライン」を宣言した当時の竹島は、すでに「無主の地」ではなかったからだ。韓国側が竹島を「固有の領土」とするためには、1905年以前に、竹島が韓国領だった確証を示さなければならなかったのである。

 しかし、韓国側は歴史領域での論争を避け、対外宣伝工作を選択した。

■ 「見える」のは、独島か鬱陵島か

 ではなぜ、韓国側は歴史論争を忌避したのか。それは、韓国側には伝統的に歴史を演繹的に捉える傾向があるからである。

 1954年、韓国政府が竹島を武力占拠すると、日本政府は国際司法裁判所への付託を提案したが、韓国政府はその際、竹島を日本による「韓国侵略の最初の犠牲の地」とする「歴史認識」を示して、提案を拒絶した。

 以来、韓国側は、「独島はわが領土」とする先入見を根拠に、文献を読むことになる。そのため、『世宗実録』の「地理志」や『新増東国輿(よ)地勝覧』(いずれも朝鮮で編纂された地誌)などに「見える」という記述があると、韓国側では「欝陵島から独島が見える」と解釈し、竹島を韓国領である証拠とした。

 ところが、17世紀に日本と朝鮮が欝陵島の領有権を争った際、朝鮮側ではその「見える」を「朝鮮半島から欝陵島が見える」と解釈し、欝陵島を朝鮮領とする論拠としていたのである。

■ 文献批判怠る韓国

 この事実を島根県のウェブサイト(『実事求是』)で明らかにすると、慶尚北道の独島研究組織の議長を務める崔長根教授は、3月3日付の『大邱日報』(電子版)で「下條の主張は捏造した論理」として、「日本政府の独島政策は、下條の論理をそのまま反映している」と非難。名古屋大学の池内敏氏も『竹島-もうひとつの日韓関係史』(中公新書)を刊行して、その一部で私を論難したのである。

 だが両氏は、文献を恣意的に解釈しただけで、文献批判を怠っていた。崔氏は「1454年に編纂された『世宗実録』の「地理志」が、1530年に編纂された『新増東国輿地勝覧』に影響を与えたとするのは、驚きの論理だ」と私を批判した。

 しかし、『世宗実録』の「地理志」は、実際に『東国輿地勝覧』が編纂される過程で参考にされていた。

 それは、『東国輿地勝覧』の一部となる『慶尚道続撰地理志』の序文で「我が世宗朝、また地理誌を撰し、これを史館に蔵す。その規模節目に於いて詳らかかつ尽くせり」とし、今その「前志を続撰し、以て闕略を補す」としているからだ。

 これは『世宗実録』「地理志」に続けて、不足の部分を補筆した、との意味である。

■ 島根県の竹島研究を「論破した」と錯覚?

 この崔氏と五十歩百歩の解釈をしているのが、池内氏だ。池内氏は逆に、「下條の論じ方」は、「後世の解釈を前代に持ち込んでいるという点で誤りである」と批判したのである。だが『新増東国輿地勝覧』と『世宗実録』「地理志」には、竹島(独島)に関する記述は一切ない。

 そこで、竹島問題の核心的文献となるのが、1770年に刊行された『東国文献備考』だ。『東国文献備考』の分註には、「于山島は所謂倭の松島なり」とあるため、韓国側では「後世の解釈を前代に持ち込んで」、『世宗実録』「地理志」と『新増東国輿地勝覧』にある于山島を松島(現在の竹島)と解釈し、竹島が韓国領である証拠としてきたのである。

 だがその分註は、改竄された事実が明らかにされ、韓国側には竹島(独島)を韓国領とする歴史的根拠がなくなってしまった。池内氏はその事実には触れず、韓国側の主張に沿って『世宗実録』「地理志」や『新増東国輿地勝覧』を解釈し、私の解釈を論難することで、島根県の竹島研究を論破したと錯覚したのである。

■ 「夷を以て夷を制す」のが得意な韓国

 池内氏はその著書の後半で、竹島問題研究会の塚本孝氏らの研究に言及しているが、いずれも詭弁を弄しただけである。

 韓国(及び中国)では「夷を以て夷を制す」戦術が得意なようで、外国人を用いて対外宣伝をしてきた。

 かつては、『史的検証竹島・独島』(岩波書店)と『竹島=独島論争』(新幹社)を刊行した島根大名誉教授の故内藤正中氏が、その役割を果たしてきた。だがそれは、もろ刃の剣。荒唐無稽な論理は、それが蟻の一穴にもなる。

 近年、韓国側が対外宣伝工作に重点を置くようになったのは、歴史論争では勝算がないことに気づいた証左である。

写真:「竹島問題100問100答」島根県竹島問題研究会 刊行

http://www.sankei.com/west/news/160322/wst1603220005-n1.html

https://www.facebook.com/koichiro.yoshida.jp/photos/a.188901204610757/562243187276555/?type=3