2015/02/16 18:01

愚かな日本外交。

《【挿絵で振り返る『アキとカズ』】
(44)日本に“デタラメ支援”を強いて、感謝の気持ちすら示さない「韓国人」》
2015.02.02 産経新聞

 産経新聞の連載小説『アキとカズ』の舞台になっている樺太裁判(昭和50年、東京地裁に提訴)のデタラメぶり、特に証言に立った“職業的詐話師”吉田清治氏の「つくり話」によって、日本人の名誉がどん底まで貶められてしまった話を前回書いた。

 「日本は戦時中、朝鮮人を強制連行し、苛酷な労働を強いた揚げ句、戦後は日本人だけがさっさと引き揚げ、4万3千人もの朝鮮人が置き去りにされた…」

 こうした事実ではないプロパガンダが裁判を主導する日本人の弁護士や革新政党、大学教授らによって煽りに煽られた結果、政治問題、外交問題化し、日本は責任もないのに、80億円もの「根拠なき支援」を余儀なくされたのだ。

 平成2年にはこの問題で当時の中山太郎外相が国会答弁で韓国に謝罪。7年には、村山富市内閣のもとで、樺太から韓国へ帰国する(永住帰国)人のために、日本がカネを出し、韓国に巨大アパートや療養院を建てることなどを盛り込んだ巨額の支援が決定されるのである。

 日本が建設費約27億円を出し(土地代・管理費用は韓国側が負担)、2000年2月、韓国安山市に完成した8棟のアパート群『故郷の村』を数年前に訪れたことがある。

 標準的な住居(夫婦2人)は、洋風の2LDK(バス、トイレ付き、約66平方メートル)。小ぎれいなマンションといった趣だ。掲示板やエレベーターにはロシア語の張り紙があふれている。支援の条件が「1945年以前に生まれた者」となっているため、入居者の多くは2世、3世。樺太生まれの彼らにとって韓国は単に「父祖の地」であるに過ぎない。

 ある男性入居者に話を聞いた。1936年生まれの2世。父親が渡った経緯は不明だが、徴用(朝鮮半島では1944年から実施)でないことだけは確かだ。

 男性は「(アパートが)日本政府のお金で建てられたことは知っているが、『(日本は)1945年生まれ以前はすべて面倒を見る』と言ったのだから、私たちが入居するのは当たり前でしょう」とうそぶいた。樺太に子供たちを残しており、暑い夏の3カ月間は樺太へ帰るという。これも日本のカネでだ。

 アパートを拠点に、樺太の子供たちや親類たちが、韓国との間を行ったり、来たりしながら、貿易などの仕事をしているケースや、ひそかに子供や孫を呼び寄せ、同居させている人までいる。永住帰国をして住居はもらったものの、しょっちゅう樺太へ里帰りするため、部屋の中には、ほとんど家具や生活用品がなく、「別荘代わりに使っている」といわれても仕方がないような住人もいた。

 生活費については、韓国政府から月額で日本円で平均10万円ぐらいが支給されている。それでも彼らは不満だ。2世以降の世代は、韓国に知人や縁者がほとんどいない。ロシア語しか話せない人もおり、仕事を見つけるのは容易ではない。そのための支援をもっとしてほしいというわけだ。

 だが、日本はすでに十分過ぎるほどの支援をしている。2003年には樺太に残る韓国人の「伝統文化を保存するための施設がほしい」と言われれば、約5億円をかけて、ホテル機能が併設された文化センターまで建設した。2007年には「まだ残留朝鮮人が3000人以上いる」と言われ、さらに3億円(同年度予算)を支出している。療養院のヘルパー人件費・光熱費、樺太に残る朝鮮人にはマイクロバス。要求は留まることをしらない。

 『アキとカズ』のモデルの1人であり、このとき、一緒に韓国へ行った堀江和子さん(故人、元サハリン再会支援会共同代表)は憤慨していたのが忘れられない。「1世が支援を受けるならまだいい。だが、本当に国へ帰りたかった1世は、ほとんどの人が亡くなってしまった。支援がほしいときには支援をせず、今さら支援を行っても、日本とは関係のない2世や3世らが恩恵を受けるだけ。彼らには日本に感謝するという気持ちすらない」と…。(『アキとカズ』作者、喜多由浩)

http://www.sankei.com/premium/news/150202/prm1502020004-n1.html

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