2015/01/08 3:08



資源管理をしない結果、儲からない日本の漁業。我々日本人は、欧米人より馬鹿なのでしょうか。

《日本の漁業は崖っぷち 世界からとり残される日本の儲からない漁業 その差は開くばかり》
2015.01.05 WEDGE Infinity 片野 歩(水産会社 海外買付担当)

 これまで、世界と日本の漁業の違いを知っていただくことで、何人の方々から「目からウロコが落ちた」と言っていただいたことでしょうか? 11月には、人気連載漫画の島耕作シリーズ(モーニング・講談社)でも、日本の漁業の問題が取り上げられていました(参考文献:勝川俊雄著『漁業という日本の問題』)。「魚」の話は身近であり、どなたにでも問題点が非常にわかりやすいのが特徴だと思います。

 このコラムでお伝えしたいのは「客観的で正しい情報の提供」です。日本の水産業を取り巻く環境はあまりにも一般に知られていません。世界の中で、日本がどのような状態になってしまっているのかを伝え続けることで、地方創生を含め、良い方向に復活させる手助けができればと考えます。

写真:デンマークの巻網漁船。心臓部の魚探等は日本のメーカーのもの

 前回のコラムの写真の漁船はデンマーク船でしたが、ノルウェーに水揚げしているために、ノルウェー船と思われた方がいたようです。ノルウェーだけでなく、デンマーク、アイスランド、アイルランドなどでも、同様に、厳格な資源管理をもとに巨大な巻き網船が次々に建造されているのです。しかも巨大な船で漁獲しても資源は安定しています。

 ノルウェーでは1969年に北海油田が見つかり、同時期に減船しても漁業者の受け皿があったということを聞いたことがあります。しかし写真のデンマークだけでなく、アイスランド、アイルランドなどでは北海油田の恩恵はほとんどありませんが、漁業はうまくいっていますし、船は大きくなっても、水産資源は安定しています。問題の本質は、資源管理ができているかどうかなのです。

■ 儲からない日本の漁業

 農林水産省が2013年の漁業経営調査結果を発表しました(表参照)。漁船漁業の平均では、個人経営体の漁労所得が201万円と前年比14%減、会社経営体の漁労損失は1,860万円と前年比85%悪化となり、いずれも現行の調査方法を始めた2006年以来、最悪の損益額となっています。個人経営体に対する補助・保証金も41万円と16.8万円から2.4倍に増加しています(みなと新聞より)。この非常に厳しい漁業者の現実こそが、日本の一般的な漁業に対するイメージと重なっていることでしょう。

 果たして他の国々も同様なのでしょうか? 一般の報道では、世界の漁業がどうなっているか、日本の漁業と比較されることはこれまで非常に稀であったために、大きなイメージのずれが生じています。そこで、他国の実情と比較してみたいと思います。

■ 重要なのは「水揚げ数量」ではなく「水揚げ金額」

 米国商務省がまとめた日本の水産白書に該当する「米国漁業2013」によると、水揚量(養殖除く)は、前年比2.5%増の448万トンと史上3位を記録。水揚高は約55億ドルと2011年の記録を抜いて史上最高になっています。日本とは大分違います。

 これには解説が必要です。米国の水揚げ数量は、実際に漁獲できる量より、かなりセーブされています。米国では、ベーリング海・アラスカ湾が主要漁場で、そこから日本にもスケトウダラ(タラコ、チクワの原料)や鍋に使うマダラ、干物に使うホッケを始め多くの水産物が供給されています。

 同漁場では、2014年に漁獲して良いと科学者からアドバイスを受けている数量は257万トンでした。しかし、漁獲できる量は全魚種で200万トンまでという決まりがあるため、その範囲内で、魚種ごとに漁獲枠(TAC)を減らして全体のバランスを取っているのです。

 同漁場のホッケの資源は一時減少し、現在急回復していますが、総枠が200万トンと決まっているために、漁獲枠に制限がかかります。米国だけでなく、次にご説明するノルウェーも含めて、実際に漁獲できる数量よりも、漁獲枠は実は「かなり」抑えられているのです。日本のようにたくさん獲ろうとしても、魚自体が減ってしまっていて獲れない状況とは全く異なります。

 漁業者にとって重要なのは「水揚げ数量」ではなく「水揚げ金額」、「どれだけたくさん獲れたか」ではなくて、「どれだけのお金になったか」が重要です。これが、賢い国が行っている漁業なのです。漁業先進国の漁業者は、TACが減少すれば、単価が上昇し、漁獲が減ってもそれが収入減になるどころか、かえって手取りが多くなることを知っています。日本でも同様の現象は起きていて、2013年のサンマ漁は、2012年よりも水揚量が32%減少しているにもかかわらず、水揚げ金額は逆に36%も増えました(第16回参照)。

 どちらが漁業者に取って良いのでしょうか? 肝心なのは水揚げ金額のはずです。また、漁業で成長を続ける国々は、何よりも重要なことは、資源がサステナブル(持続可能)であることだと分かっています。日本のTACのように、もともと実際の漁獲枠より多く、骨抜きにされてしまい機能していないケースと大きく異なります。「大漁!」などと喜ぶ時代は、すでに何十年も前に終わっているのです。日本の資源は減少が続いていますが、今のままの資源管理方法では、米国のように回復するか疑問です。

■ 2060年までに現在の10倍の輸出金額を目指すノルウェー

 ノルウェーの2014年の情報も入ってきています。水産物の輸出金額は、過去最高であった2013年を11月の時点(615億クローネ=約1兆512億円)ですでに上回っており、2年連続で過去最高を更新する見通しとなっています(2014年12月11日付みなと新聞)。

 ちなみにノルウェーのエリザベス・アスパカー漁業大臣は、2060年までに現在の10倍の輸出金額を達成できる潜在力をもっていると発言しています。漁業者の2014年の平均年収見込みを漁業協同組合に聞いたところ、少なくとも他の仕事よりは高い、約60万クローネ(約1,000万円)位という返事でした。ロシアの禁輸による影響が懸念されましたが、日本を始め、それ以外の国々がその分の魚を吸収する形となっています。

 ノルウェーでは、天然魚(サバ、ニシン、マダラ他)と養殖魚(アトランテックサーモン・トラウト他)が輸出における両輪となっています。現在、ニシンの資源量が減少傾向にありますが、サバ、マダラといった魚種の資源が増加しており、全体としてはよくバランスが取れています。また、一旦資源が減少しても必ずと言っていいほど、数年で回復しています。

 世界中のバイヤーも、それをあてにしています。日本のように「赤字拡大、所得も減、漁船漁業は個人、会社ともに最悪!」ということにはならず、真逆の好結果が続いているのです。数字だけではなく、実際に漁船や養殖場、加工場などを見れば、さらに一目瞭然で「何で日本とこんなに違うのか!」と感じずにはいられません。

 また、養殖にしても資源管理が強く意識されています。アトランテックサーモンのエサは魚粉(フィッシュミール)で作ります。最近では魚粉の需要が世界中で高まり、価格が上昇しているために、魚粉以外の原料などを混ぜて比率を減らす工夫がされていますが、あまりに減らせば病気の発生や味への影響が出てきます。いずれにせよ養殖にとってエサの確保は非常に重要です。そこでイカナゴなど、食用として商業価値が低い魚種まで、しっかりと漁獲枠を設けてエサ用も含めて資源を管理し、養殖でも成長を続けています。

■ 20年かけて資源回復したカナダ東海岸のマダラ

 乱獲により資源を破壊してしまったことを自覚し、約20年もかけて資源を回復させた例としてノルウェーニシン(第3回参照)をあげましたが、同じく乱獲により資源を破壊してしまった後に、実質的に禁漁措置を設けて資源回復を行ってきた例として、カナダ東海岸のマダラがあげられます。

 1992年にカナダ政府は400年続いていたマダラ漁の禁漁を決めました。その際に約3万人以上の人が職を失い、カナダの歴史の中で最大のレイオフ(一時解雇)と言われました(第9回参照)。資源の低迷は20年以上続いて来ましたが、このたび2014/2015年シーズンの漁獲枠を前期比15%増の13,225トンに設定。15年ぶりの増枠となりました。

 ゲイル・シアー漁業海洋相は「政府は大西洋カナダのタラ資源再建の重要性を十分認識している。今回の計画は経済効果の造成と同時に、未来の世代に向け資源の長期的持続性を維持するもの」と述べています。一旦傷めつけ過ぎてしまった資源は、これらのように回復までに数十年かかります。ましてや、ウナギのように国際資源保護連合(IUCN)のレッドリスト入りしてしまった魚については、回復できるかも含めて、どれだけの年月がかかるかはわかりません。重要なのは、資源が崖っぷちであり、その原因が「乱獲」にあると一刻も早く理解して、科学的根拠に基づく対策を取ることなのです。

 日本のマダラ漁の例ですが、写真(2014年12月10日付河北新報)は青森県むつ市 脇野沢のマダラ漁の幕開けを告げる「場取り」の様子です。底建網を満載した20隻が、漁場を目指して一斉スタート。陣取り競争です。漁船や漁業者毎に個別割当を行わない限り、この競争も避けられません。漁は1989年に1,300トンを記録した後に、減少し2005年はわずか7トン。2013年は44トンの漁獲だったそうです。

写真:河北新報(http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201412/20141210_25003.html

 これからも、本来もっと持続的に漁獲できていたレベルより低い量で、前年比で「獲れた、獲れない」という話題が続いていくのでしょう。たくさん獲れていた時期に「将来もマダラ漁を持続させていくためには、どれだけの親魚を残すべきか?」といった科学的な分析が行われていれば、減り始めた時に「ストップ」がかかり回復待ちとすることができていたのだと思います。

 このパターンは魚を獲り過ぎた漁業者が悪いのでしょうか? いいえ、漁業者は魚を獲るのが仕事、それをやめさせられなかった国に問題があるのです。かつて日本のニシンやハタハタ(第12回参照)は、産卵場で乱獲を続けた結果、資源を破壊してしまいました。同じような過ちが、様々な魚種や漁場で繰り返されているというのが現実です。

 しかも、その事実はほとんど知られていません。欧米では、資源管理がされていない魚を食べない様、消費者や環境保護団体が動きます。流通や外食産業もそれに同調します。資源管理されている魚かどうかは、水産エコラベルなどによって消費者に分かるようになっています。このラベルの有無によって、魚価が変わってしまうという経済的要因が発生するために、漁業者も敏感に反応して資源管理を意識します。

 一方、日本の場合は、資源管理や水産エコラベルの有無は、魚価にも販売にも直結していません。経済的な要因が絡まないために、反応が薄く、いつの間にか魚が減っていくという悪循環に陥ってしまっているのです。この悪循環を阻止するためにも、一般の消費者が資源管理の重要性をもっと知ることができる場が提供される必要があります。

片野 歩(かたの・あゆむ)水産会社 海外買付担当
1963年東京生まれ。早稲田大学商学部卒。1995~2000年ロンドン駐在。 90年より、最前線で北欧を主体とした水産物の買付業務に携わり現在に至る。特に世界第2位の輸出国として成長を続けているノルウェーには、20年以上、毎年訪問を続け、日本の水産業との違いを目の当たりにしてきた。中国での水産物加工にも携わる。著書に『魚はどこに消えた?』(ウェッジ)、『日本の水産業は復活できる!』(日本経済新聞出版社)、「ノルウェーの水産資源管理改革」(八田達夫・髙田眞著『日本の農林水産業』<日本経済新聞出版社>所収)。

http://wedge.ismedia.jp/articles/-/4595