2014/10/15 16:08

《香港デモ隊、「ハッピーバースデー」を歌う「あざけり」作戦》
2014.10.15 WSJ Andrew Browne

 香港の街頭で、学生のデモ隊は自分たちの活動に反対する人を攻め立てる奇抜な方法を考えついた。「ハッピーバースデー」を歌うという方法だ。

 元気に英語でこの曲を歌う声は先週、旺角(モンコック)の労働者階級の居住地域に響き渡った。暴力団が座り込みの抗議活動を解散させようとやって来たときだ。デモ隊は暴力団を取り囲み、この歌を歌い始めた。

 それは「音楽による冷やかし」だった。公の場で恥ずかしい思いをさせ、屈辱を与えるという中世のさらし台に相当するものだった。

 この戦術は広がるにつれ、驚くほど有効であることが判明した。たとえ警察が今週バリケードを除去し、それが最終的にこの学生主導の運動を崩壊に至らせるとしても、この戦術は残るだろう。

 学生たちは過去2週間にわたり、香港の次期行政長官を選出する選挙制度案の撤回を要求してきた。選挙制度案は普通選挙の実施をうたっているものの、実際には北京(中央政府)を支持する人物で構成される委員会によって事前に承認された候補のみを対象とする人気投票にすぎないからだ。

 大勢の香港市民は、学生たちを支持しているようにみえるが、デモによる市民生活の混乱に対する不満は広がっている。何十万人もの学生たちは街頭に集まり、2017年の次期行政長官選挙の候補を透明な過程を経て指名によって選出できるようにするよう求めている。

 香港の梁振英・行政長官は、北京が選挙制度案の修正に同意する「可能性はゼロ」だと述べ、自らが辞任する意向もないとしている。

 それでも、信頼性という根本的な問題は消え去らない。この評判の悪い選挙制度の下で選ばれる将来の香港の指導者は、政治的な意味で、指導者をあざける大勢の市民に取り囲まれる可能性がある。香港が今後も統治可能であり続けるとすれば、多数の支持をよりどころとする民主主義制度がない中で、香港の指導者は自らの正統性を確保する努力を一段と強化しなければならなくなる。

 香港市民は、香港の自由とその独自の生活様式のために立ち向かうよう指導者たちに一層強く要求するだろう。そして、香港の意見をより正確に北京政府に反映させ、反対派との対話に応じるよう要求するだろう。

 香港指導者たちはまた、政治体制に直接関連する問題のほか、「讓愛與和平佔 領中環(愛と平和で中環を占領せよ=Occupy Central with Love and Peace)」と呼ばれる運動で強調された一連の社会問題に、より多くの注意を払わねばならなくなるだろう。

 政府に対する信頼は薄れている。一方で、市民の不満の原因は増えている。手が届かないほど高い住宅価格、カルテル的な産業構造による富の集中、消費者物価の上昇、香港上空を覆う厚いスモッグ、資金不足の教育制度、それに混雑する病院などだ。

 このデモの波がどういう形で終息するのかを予想できる人は誰もいない。しかしバリケードが撤去されても、そのレガシー(遺産)が政府のアカウンタビリティー(説明責任)に影響を及ぼし続ける公算は、小さくなるどころか逆に大きくなるだろう。たとえ多くの人々が求めていた一人一票制度が実現できなくとも、である。

 英国の植民地時代は、レジティマシーの問題は当局にとって大きな悩みの種だった。

 英国の香港総督はロンドン(中央政府)から任命された役人であり、地元から選出された政治家ではなかった。このため、当局は精巧なシステムを設け、市民の意見を正確に調べた。目的は政策が確実に市民の期待に沿うようにすることだった。おおむね、それはうまくいった。

 1997年の英国からの返還以降、香港の指導者たちは一層難しい立場に追い込まれた。英国の元総督と同様、彼らのレジティマシーは香港社会に根差していないからだ。しかし彼ら香港の指導者は、遠く離れた北京の共産党の権力ネットワーク内部のインサイダーでもないのだ。

 中には、北京を満足させようとした結果、香港市民を無視していると受け取られて、大規模なデモにつながったケースも幾つかあった。

 香港の次期指導者はこれら全ての難題に直面する。しかも問題はこれにとどまらない。「占領中環」運動と「学民思潮」といった学生団体のおかげで、香港は中国で最も政治的な都市になった。

 行動主義(アクティビズム)は香港の教室から始まった。整然とした秩序で知られる金融ハブにおいて、市民の反抗が驚くほどの有効性を獲得した。警察は今や、強制的な措置に消極的だ。デモの初期段階に催涙弾などを発射したことで、市民の反発が沸き起こったからだ。

 市民団体は新たなエネルギーを身につけた。元々騒がしかったメディアはますますうるさくなっている。

 3年後に次期指導者選挙が行われるときには、多くの市民がそれを見せかけだとして無視するだろう。それでも香港の政治は、少なくとも街頭レベルでは、本物に近づくだろう。

 この意味で、香港は西側諸国の民主主義モデルをひっくり返す過程にあるのかもしれない。西側の民主主義国では、選挙は自由かつ公正に行われるが、有権者は無関心で、投票率も低い。

 梁行政長官自身も、民主的な圧力にさらされている。同行政長官は元勤務先である不動産サービス会社DTZホールディングスの売却にからむ随意契約の下、何百万ドルもの資金を受け取ったという暴露報道の後遺症に悩まされている。

 同行政長官事務所は一切の不正を否定している。しかし、街頭の群衆たちは大きな声で「ハッピーバースデー」を歌っている。

 そして、この話の「落ち」だ。中国指導者たちは今のところ、この問題に対して沈黙を続けているが、もしも極めて不人気な政治家(梁振英氏)を最終的に追放すると決めたら、おそらく彼らも「ハッピーバースデー」のコーラスに加わるかもしれない。
http://jp.wsj.com/news/articles/SB12706435818283254423204580215292193014512