2014/10/07 11:38

バングラデシュ。中国企業が現地企業より3割は安い金額でインフラ開発事業を落札、低コストに耐えられず途中で投げ出し。典型例は同国経済の生命線を担う「ダッカ~チッタゴン・ハイウェイ」。完工予定の2013年末に計画の3割ほどしか進んでおらず、「予算増額がない限り完工できない」と開き直り。次の焦点は中国主導の「BRICS開発銀行」の動向。

《インフラ開発がしっちゃかめっちゃかに、バングラデシュでひんしゅくを買う中国企業破格の安値で受注して途中で“降参”》
2014.10.07 JBpress 姫田小夏

 港、高速道路、橋梁、発電所――。インフラ開発をめぐる“日中激突”が火花を散らしている。インドを取り囲む南アジアの国々でも、中国の影響力が増大している。

 スリランカは2009年に最大の“スポンサー”が日本から中国に取って代わった。一貫して親日国であり続けたパキスタンへも、中国は積極的な財政支援を行っている。

 そして、インドの隣国バングラデシュでも、中国は「最大の援助国」と言われる日本の牙城にどんどん食い込もうとしている。

 バングラデシュにおける中国の台頭は噂には聞いていたが、まさかここまでとは思わなかった。「中国が片っ端から案件を落札」しているのが現状だ。ざっと調べただけでも、中国は以下のような案件を受注(一部は予定)している(日本政府の資金によるプロジェクトを中国企業が受注するケースも含まれる)。

(1)パドマ橋(建設費11億ドル)
(2)パドマ橋建設に付随する河川管理(10億ドル)
(3)チッタゴンのカルナフリ川におけるトンネル工事(10億ドル)
(4)チッタゴンのカルナフリ川にかかる鉄道橋梁の建設
(5)チッタゴンのカルナフリ川における多走行車線のトンネル建設
(6)チッタゴン~コックスバザール(その先はミャンマーに延びる)の鉄道複線化
(7)ダッカ~チッタゴンの鉄道信号プロジェクト
(8)バングラデシュ国内の4つの橋梁建設(3300万ドル)
(9)モヘシカリとポトゥアカリにおける2カ所の石炭火力発電所(1320MW)
(10)ラジシャヒにおけるWASA (Water Supply & Sewerage Authority)の上水プロジェクト
(11)トンギ~バイラブの鉄道複線化
(12)バングラデシュ政府のICTインフラネットワーク構築第3フェーズ

 パドマ橋の建設は、あまたある橋梁プロジェクトの中でも非常に大規模で、長期にわたり計画が練られてきた。ところが発注をめぐり世界銀行の汚職が発覚、協調融資を組むアジア開発銀行(ADB)、日本の国際協力機構(JICA)などがプロジェクトから降りる事態となった。現在、ハシナ首相の「自力で建設を」という掛け声のもと計画は進められているのだが、建設工事を中国企業が受注し「漁夫の利」を得ることになった。

■ もともと無理な価格で落札

 バングラデシュにとっての喫緊の課題は「インフラ整備」である。川が多いバングラデシュは、物資はおろか人の往来すら困難であり、経済が東西に分断されている。中国から「世界の工場」の座を奪い取るポテンシャルはあるものの、電力供給は不安定である。また、中間層に自動車の購入意欲はあるのだが村には道路がない、というのが実情だ。

 バングラデシュにはこれを自力で解決するほどの資金力がなく、世界銀行やJICAなどに頼るしかない。2国間ODAでは日本が力を発揮し、「日本は全体の75%を占めるトップドナー(資金提供者)」(バングラデシュの現地紙)とも認識されている。

 ところが近年、中国の存在感が急激に高まっている。中国勢にとって巨大事業の落札は決して難しいことではない。その最大の武器と言えるのが「安さ」である。

 バングラデシュの建設業界は、その「驚異の安値」におののいている。ある大手ゼネコン幹部はこう明かす。「中国企業の提示額は、私たちローカル企業よりも3割は安い」

 そして、「それが最悪の事態を生む」と警告を発する。「彼らが入札時に提示するのは『もともと無理な価格』。たとえ落札してもその金額では工事などできないはずだ」(同)

 その典型例が「ダッカ~チッタゴン・ハイウェイ」である。「ダッカ~チッタゴン・ハイウェイ」は道路を4車線に拡張する全長192キロ(総工費1億6800万ドル)にわたるプロジェクトで、「バングラデシュ経済の生命線を担う」とされる重要案件だ。7工区に相当する140キロを、中国のエンジニアリング会社である中国水利水電建設集団(シノハイドロ)が驚異的な安さで落札した。

 当初、建設は順調に進んでいると見られていた。だが、蓋を開けてみるとまったく計画通りには進んでいなかった。入札時に中国勢と競った地元企業はこう振り返る。

 「現地企業である我々に多くの強みがあったが落札したのは中国企業だった。しかし、彼らは低コストの重荷に耐えられなくなり、途中で投げ出してしまった」

 工事は2010年から始まり完工は2013年末とされていた。ところが、工事はいまだに終わっていない。2013年末の時点でも計画の3割ほどしか進んでいなかった。関係者は「完工は2年延期どころでは済まないだろう」と見ている。

 バングラデシュ道路交通省が工事の遅延を「契約違反だ」と批判したが、中国側は設備や原材料、そして予算の不足を理由に「予算増額がない限りは完工できない」と開き直った。ハシナ首相も腹を立て、道路交通省に「会社を替えよ」と伝えるほどだった。

 パドマ橋の建設でも同様の事態が起こっているようだ。現地メディアの報道は、「ハイウェイ建設とパドマ橋建設という2つの重要なプロジェクトが中国企業のお粗末な仕事で危機に瀕している」と懸念を隠さない。

■ 「中国流」への批判が噴出

 近年、バングラデシュはインフラ整備の巨大な市場に中国企業を喜んで迎え入れてきた。だがここに来て、「中国流」がいかなるものであるかをようやく認識するようになった。

 業界の常識を逸脱した低価格での落札、その結果として起こる資金ショートと工期の延期に、今では異議を唱える声の方が多い。バングラデシュの建設業者への取材の席では「中国流のやり方」に批判が噴出した。

 「土壇場になって『この金額ではできない』とバングラデシュ政府に泣きついて、資金不足を補おうとしている」

 「彼らは『完工させること』を目的にはしていない。さらにそこから条件を引き出そうとしているのだ」

 「完工させることを交換条件に、ソナディア深水港の受注を持ち出しているようだ」

 あまりにも強引な受注の仕方と、それがもたらす悪影響は、現地社会で顰蹙を買っている。中国企業による受注はバングラデシュ全体の社会資産にダメージをもたらすことに、バングラデシュの人々は気づき始めている。

 さらにバングラデシュ社会が今、関心の目を向けるのが、中国が主導する「新開発銀行(BRICS開発銀行)」(BRICSの5カ国が運営する発展途上国支援の銀行)の動きだ。現地ゼネコンのトップは言う。「彼らはADBやJICA以上の資金を低金利で融資するだろう。BRICS銀行がバングラデシュの大型案件を総なめにしてもおかしくはない」

 南アジアでは、中国の影響の高まりを懸念する声が出てきた。同時に日本への期待も以前にも増して高まっている。日本はバングラデシュのインフラ開発にどう関わり、今後の経済成長にどう寄与するのか。バングラデシュ社会は日本の一挙手一投足をじっと見守っている。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/41873