2014/06/05 11:13

「稲刈り機が稲をなぎ倒すように、戦車が学生を次々とひき殺したのを同僚が見た」。そう言えば、かつて「クローズアップ現代」で「広場で大きな虐殺は無かった」と報じたNHKも、今では虐殺を認める様になりました。

《天安門25年 いまだ癒えぬ傷 元武装警察「目の前で女子学生射殺…忘れられない」》

 中国当局が学生らによる民主化運動を武力弾圧した1989年の天安門事件から25年を迎えた6月4日、北京の天安門広場周辺には多数の警察車両や小銃を抱えた警官らが配置され、厳戒態勢が敷かれた。当局は国内報道を規制し、共産党機関紙の人民日報をはじめ中国各紙は事件を黙殺した。一方、香港では民主派団体の呼びかけで、大規模な犠牲者追悼集会が行われた。集会汚職や格差拡大など社会矛盾が深まる中、習近平指導部は民主化要求や庶民の不満を力ずくで押さえ込む姿勢だが、四半世紀を経てもなお、天安門事件の傷口は中国社会のなかに生々しく開いたままだ。

■ 厳戒態勢、報道も規制

 天安門事件の記念日に対する中国当局の警戒ぶりは、異様なほどだった。6月4日が近づくにつれ、犠牲者の遺族や活動家の拘束や軟禁が相次いだ。4日にはNHK海外放送の関連ニュースも約3分間中断され、規制は海外メディアにも及んだ。

 当時19歳だった息子を事件で失った母親(77)は、8人の治安当局者に交代で見張られ、外国人記者との接触を禁じられるなど例年にない監視を受けた。ロイター通信の電話取材に応じた母親は「私はただの老人で、国家機密なんて知らない。息子のことしか話せないのに、何を恐れているのか」と語った。

 天安門事件について、中国外務省の洪磊(こう・らい)副報道局長は4日、「1980年代に北京で起きた政治風波(騒ぎ)などについて、中国政府はとうの昔に結論を得ている」と述べ、民主化運動への武力弾圧を改めて正当化した。

■ 血に染まった白い服

 「着ていた花柄の白い服が見る間に真っ赤に染まった」。天安門事件で戒厳部隊の一員だった張旭東氏(45)は、目の前で兵士が女子学生を射殺した様子を忘れられない。共同通信によると、香港近郊で取材に応じた張氏は、今も悔恨の日々を送る。

 「何とか逃げたいので、道を教えてもらえませんか。助けてください」。1989年6月4日未明、武装警察隊の隊員だった張氏は、軍部隊が突入した天安門広場で仲間からはぐれた女子学生に広場周辺で声を掛けられた。「髪の毛を後ろで束ねた、きれいな女性だった」。今でもはっきりと顔を覚えているという。

 軍部隊に封鎖されていない逃げ道を教えようとした瞬間、横にいた兵士が女子学生の頭を撃った。「顔から血を噴き出して倒れ、血だまりの中で全く動かなくなった」。当時の光景を思い出し、声が震える。「稲刈り機が稲をなぎ倒すように、戦車が学生を次々とひき殺したのを同僚が見た」とも話す。事件の死者数について中国当局は319人と発表しているが、数千人が死んだとの主張もある。

 事件後、武警を辞めた張氏は、インターネット上で事件を批判したため、公安当局にマークされ再就職先を追われた。就職するたびに当局者が職場に現れ、数カ月で首になったという。

■ 「15万人」犠牲者悼む

 中国国内で「一国二制度」が保障されている香港では4日夜、民主派団体「香港市民支援愛国民主運動連合会」の呼びかけで、犠牲者を悼む集会が香港島のビクトリア公園で行われた。主催者側は参加者を15万人以上としている。

 これに対し、「事件は中国人学生の暴動で鎮圧は当然」などと主張する親中派の複数の団体が式典に反対した。
http://www.sankeibiz.jp/express/news/140605/exd1406050645001-n1.htm

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