2014/04/16 3:26

ウクライナを理解する上で、ソビエトによる人工的大飢饉「ホロドモール」を欠く事はできません。今はロシア人や親露派が多いウクライナ東南部も、多くのウクライナ人を餓死させ追放した(1929~33年に人口が4分の1減少)後、ロシア人が移入しました。
ホロドモールは、ウクライナ、クバーニ(アゾフ海対岸。ウクライナ系コサック居住地)、ヴォルガ川沿岸、南ウラル等の非ロシア人地域に対して行われた食糧収奪による大飢饉であり、700万~1450万人が犠牲となりました。

《スターリン恐怖政治、人工的な大飢饉ホロドモール(ウクライナ)》

1933年のホロドモールの犠牲。ウクライナ人は、1917年から1922年にかけて共産主義のロシアに対して強く抵抗したので、ソ連の政権が「ウクライナ人の問題」を解決するために、ウクライナ人が住む地域において人工的な大飢饉を促した。1933年に「ヨーロッパの穀倉」といわれたウクライナでは数百万人が餓死した。

(関連)
《ソ連の行った計画的飢餓「ホロドモール」が残酷すぎる》
http://matome.naver.jp/odai/2138079268160333901

《悲しみの収穫 ウクライナ大飢饉 -スターリンの農業集団化と飢饉テロ-》http://ona.blog.so-net.ne.jp/2014-02-24

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