吉田康一郎blog
2015/01/05 3:24
《「竹島で日本人が漁」絵本動画を公開…内閣官房》 2015.01.04 読売新聞 http://www.yomiuri.co.jp/politics/20150103-OYT1T50138.html
2015/01/05 3:16
《漢方の薬草は秋田で…中国では安定供給に不安》 2015.01.04 読売新聞 http://www.yomiuri.co.jp/economy/20150104-OYT1T50006.html
2015/01/05 3:12
《離島保全へ、サンゴ堆積を研究…南鳥島に拠点》 2015.01.04 読売新聞 http://www.yomiuri.co.jp/politics/20150104-OYT1T50005.html
2015/01/05 2:38
《急速に北極の防衛強化を進めるロシア あくまでも「既存の兵力の更新」を主張》 2014.12.19 WEDGE Infinity 小泉悠(財団法人未来工学研究所客員研究員) http://wedge.ismedia.jp/articles/-/4562
2015/01/05 1:55
《ハノイに日本支援の「ニャッタン橋」完成 空港ビルも インフラ輸出の「橋頭保」に》 2015.01.04 産経新聞 http://www.sankei.com/economy/news/150104/ecn1501040007-n1.html
2015/01/04 2:58
ペリリューの有名な逸話。〈島民が一緒に戦いたいと申し出ると、「帝国軍人が貴様らと一緒に戦えるか」と拒否された。日本人は仲間だと思っていた島民は、裏切られたと思い、悔し涙を流した。しかし、船が島を離れる瞬間、日本兵が全員、浜に走り出て、一緒に歌った歌を歌いながら手を振って島民を見送った。その瞬間、あの言葉は島民を救うためのものだった-と悟った〉 遠いペリリューでも日本軍は島民を疎開させ、玉砕しました。沖縄でも日本軍は、米軍の上陸前は島民の疎開に努め、上陸後は必死に保護しつつ倒れていった、その記録や証言が山ほど残っています。それらを全て、初めに米軍が、その後を継いで左翼が書き換え「残虐な日本兵」の捏造を続けている。この冒涜行為が許される事は決してありません。真実が必ず彼らを処罰するでしょう。—《【天皇の島から 戦後70年・序章(1)前半】時を超え眠り続ける「誇り」 集団疎開させ、島民を守った日本兵》2015.01.02 産経新聞 先の戦争が終結してから今年で70年を迎える。産経新聞では年間を通じ、「戦後70年」を紡いでいく。序開きとして、天皇陛下と日本を考えてみたい。天皇、皇后両陛下は今年、パラオ共和国を慰霊のため訪問される。パラオは昭和20年までの31年間、日本の統治下にあり、ペリリュー島は日米間で壮絶な地上戦が繰り広げられたが、島民が犠牲になった記録はない。両陛下の念願だったとされるパラオご訪問を前に、米軍が「天皇の島」と呼んだ南洋の小島から歩みを始める。(編集委員 宮本雅史) 平成26年12月初旬、ペリリューは、島を覆うジャングルが強い日差しを受けて緑に輝いていた。島民600人の多くが住む北部のクルールクルベッド集落は、ヤシの木に囲まれた庭の広い民家が立ち並び、カフェからは英語の音楽が流れる。ハイビスカスが咲き、のどかな雰囲気に時間が止まっているような錯覚すら覚える。 だが、ジャングルを縫うように車を走らせるに従って、そんな印象は一変する。破壊された米軍の水陸両用戦車、日本軍戦車、52型零式艦上戦闘機…。至る所に激戦の爪痕が残る。 案内をしてくれたウィリー・ウィラードさん(53)によると、日本軍守備部隊は、兵隊1人が入れる蛸壺状から数百人が入れる洞窟まで500個を超える洞窟陣地を構築、大部分は内部で行き来できるようになっていたという。島全体が要塞。島の真の姿に気づくのに時間はかからなかった。 ■ 米の予想上回る抵抗 米軍がペリリューに上陸したのは昭和19年9月15日。人員で守備部隊の4倍、小銃は8倍、戦車は10倍という圧倒的な布陣を敷いた米軍は、島の攻略についても、「スリーデイズ、メイビー・ツー(3日、たぶん2日)」と豪語していたという。 だが、その予想は大きく裏切られる。米軍は第1次上陸作戦で第1海兵連隊の損害が54%に達したため、第1海兵師団が撤収、第7海兵連隊も損害が50%を超えて戦闘不能に陥った。 「軽機関銃の銃身が熱くてさわれないくらい夢中に撃ちまくった。敵味方入り乱れて、殺したり殺されたりの白兵戦で、地獄絵図そのものだった」 そう述懐する水戸歩兵第2連隊の元軍曹、永井敬司さん(93)は、数少ない生還者の一人だ。「食糧や弾丸がすぐに底をついた。空からも海からも補給はなく、米軍の食料や戦死した米兵から武器と弾薬を奪った。3日も4日も寝ないで戦った」と語る。 ■ 最高の戦闘損害比率 日本軍の執拗な抵抗に、太平洋艦隊司令長官のニミッツ海軍大将は著書『太平洋海戦史』で、「ペリリューの複雑極まる防衛に打ち勝つには、米国の歴史における他のどんな上陸作戦にも見られなかった最高の戦闘損害比率(約40%)を出した」と述べている。 守備部隊がいかに激しい戦闘を展開したかを物語るが、永井さんは、想像を絶する環境の中で気持ちを支えたのは「第2連隊で教育を受けたという誇りと、日本を守るという意地だった」と胸を張った。 『昭和天皇発言記録集成』(防衛庁防衛研究所戦史部監修)によると、昭和天皇は『水際ニ叩キツケ得サリシハ遺憾ナリシモ順調ニテ結構テアル。「ペリリュ」モ不相変ラスヨクヤッテヰルネ』(10月23日)『「ペリリュー」補給困難ニナリ軍ハアマリ長ク抵抗ガ…。随分永イ間克ク健闘シ続ケテ呉レタ』(11月15日)-と述べるなど島の戦況を気に掛け、守備部隊の敢闘に11回、御嘉賞(お褒め)の言葉を送っている。 ■ 誇りをかけた戦い 平成8年6月17日、靖国神社で開かれたシンポジウム「ペリリュー戦 日米両軍の勇戦を讃える会」に、ペリリュー戦に参戦した元米軍のエド・アンダウッド元大佐とコードリン・ワグナー氏の姿があった。 『昭和の戦争記念館 第3巻 大東亜戦争の秘話』(展転社刊)によると、アンダウッド氏は「日本軍は負けると判っている戦争を最後まで戦った。この忠誠心は天皇の力と知って、ペリリュー島を“天皇の島”と名付けた」と述べ、ワグナー氏も「日本軍人の忠誠心に最高の敬意を表す」と語っている。 これら2人の言葉を裏付けるように、米第81歩兵師団長のミュウラー少将は、日本軍の抵抗が終わった昭和19年11月27日、「いまやペリリューは、天皇の島から我々の島に移った」と宣言したという。 米軍に「天皇の島」と言わしめたペリリューでの戦闘は、日本軍将兵が日本と日本人の誇りをかけた象徴的な戦いでもあった。 http://www.sankei.com/premium/news/150102/prm1501020030-n1.html—《【天皇の島から 戦後70年・序章(1)後半】時を超え眠り続ける「誇り」 集団疎開させ、島民を守った日本兵》 ペリリュー島は「忘れられた島」とも呼ばれてきた。多大な損害を受けた米軍が口をつぐみ、日本側も生還者が少なく、証言に限りがあったからだ。だが、島民たちは、70年前に起きたことを忘れてはいなかった。 平成21年から25年まで駐日パラオ大使だったミノル・ウエキさん(83)は言う。 「日本軍は、ペリリューの島民を全員、疎開させることで保護してくれた。だから島民に死傷者は出なかった。日本軍への感謝は何年たっても忘れない」 ■ 残留要望を認めず 昭和18年6月現在でペリリューには899人の島民が住んでいた。島民によると、日本軍と一緒に戦う決意をしていた島民もいたという。だが、守備部隊はそれを認めず、非戦闘員の島民を戦闘に巻き込まないため、19年3月から8月にかけて、全員をパラオ本島などに疎開させた。 当時9歳だったアマレイ・ニルゲサンさん(79)は、夜間を利用して両親らとバベルダオブ島に疎開したといい、こう記憶をたどった。 「日本の兵隊がダイハツ(上陸艇)で連れて行ってくれた。バベルダオブに着いた後も、憲兵が2日かけてジャングルの中をエスコートしてくれた。なぜ自分たちの島から避難しないといけないのか分からなかった。2年半ほどして島に戻り、草木がなく石だけの島を見て、もし、残っていたら死んでいたと思った。家族で日本軍に感謝した」 ペリリューに一つの逸話が伝わっているという。 〈ある島民が一緒に戦いたいと申し出ると、守備部隊の中川州男(くにお)隊長に「帝国軍人が貴様らと一緒に戦えるか」と拒否された。日本人は仲間だと思っていた島民は、裏切られたと思い、悔し涙を流した。しかし、船が島を離れる瞬間、日本兵が全員、浜に走り出て、一緒に歌った歌を歌いながら手を振って島民を見送った。その瞬間、この島民は、あの言葉は島民を救うためのものだった-と悟った〉 逸話の真偽は分からない。だが、ニルゲサンさんは「自分は見ていないので分からないが、両親からそんな話を聞いたことがある」といい、ウエキさんも「逸話は今でも語り継がれている」と話す。生還者の永井敬司さん(93)がいう「日本人の誇り」は、島民疎開という形でも発揮されたのかもしれない。 ■ 「島が兵士のお墓」 1947(昭和22)年8月15日、住民は島に戻る。 島民が日本兵の被害状況を知るのは、昭和40年代に入ってからだ。日本人を父親に持ち、クルールクルベッド集落で民宿を経営するマユミ・シノズカさん(77)は「日本の兵隊さんが何人亡くなったかを知ったのは、日本から慰霊団が来るようになってから」という。シノズカさんはこの頃から、弟のウィリー・ウィラードさん(53)らと50年近くにわたり、慰霊団の食事の世話や島の中央部に立つ日本兵の墓地「みたま」の清掃などを続けている。遺骨収容に参加したこともある。 シノズカさんは言う。 「ペリリューそのものが日本兵のお墓。ご遺族に代わり、遠く離れた島に眠っている日本兵の冥福を祈る気持ちです。島に眠る日本兵は私たちが守ります」 アントニア・ウエンティさん(85)も遺骨収容に関わった一人だ。戦後、ペリリューに移り住んだ彼女は島民とジャングルに入り、遺骨収容を始めたという。ある軍医の遺骨については自宅に持ち帰って供養した。軍医の妻には「だんな様と一緒に住んでいるから安心して下さい」と手紙を書いたという。 ウエンティさんは「緑の島のお墓」という日本語の歌を作っている。 〈遠い故郷から はるばると/お墓を参りに ありがとう/みどりのお墓の お守りは/ペ島にまかせよ/いつまでも〉〈海の中にも 山の中/ジャングルの中にも 土の中/英霊よ よろこべ 安らかに/一緒に暮らそよ とこしえに〉 〈ペ島の願いは 唯1つ/日本とペリリューは 親善の友/かよわい力 よく合わせ/知らせておくれよ 祖国まで〉〈伝えておくれよ 祖国まで/父母兄弟 妻や子に/僕らはみどりの 島暮らし/涙をおさえて さようなら/涙をおさえて さようなら〉 ■ 遺骨収容し慰霊 「大山」と呼ばれる山の中腹にペリリュー神社が鎮座する。昭和57年、島民が見守る中、再建された。由来記によると、祭神は天照大神と戦死した日本軍守備部隊の一万余人の英霊。「護国の英霊に対し、心からなる感謝と慰霊鎮魂の誠を捧げましょう」とあり、島民が草むしりや掃除を続けているという。 日本兵の慰霊にこだわるのは、シノズカさんやウエンティさんだけではない。ウエキさんは「多くの島民が慰霊碑の建設や遺骨収容などに協力している」という。これほどまで日本兵の慰霊にこだわるのはなぜか。 ペリリュー州のシュムール州知事の母親、メンロムス・エテペキさん(89)は「なぜ、日本軍と米軍が自分の島で戦ったのか、という憤りはあった」と、一瞬、表情をこわばらせたが、すぐに「今は悪感情はない」と、笑顔で続けた。 彼女は、自分の名前をカタカナで書きながらこう話した。 「31年にわたる統治時代を通し、日本に対して特別な感情が育まれていた。日本への思いは深い」 http://www.sankei.com/premium/news/150102/prm1501020029-n1.html ◇ ◇ […]
2015/01/03 22:19
友好国インドのとんでもない一面。犯人達への厳罰を求めますが、インドへ行かれる女性の皆様、お気を付け下さい。 — 《20代の邦人女性を1カ月監禁暴行 インドで男5人逮捕 日本語で旅行ガイド装い…》 2015.01.03 産経新聞 インド東部コルカタの警察は3日までに、20代前半の日本人女性を約1カ月にわたり監禁して性的暴行を加えたとして、インド人の男5人を強姦容疑などで逮捕した。 PTI通信やAP通信によると、容疑者のうちの日本語を話す1人が昨年11月下旬、コルカタで旅行ガイドを装って女性と接触。女性をだまして仏教聖地のブッダガヤなどに連れて行き、近くの村の民家で共犯者と12月下旬ごろまで監禁し、集団で暴行した疑い。 容疑者らは女性に現金自動預払機(ATM)から7万6千ルピー(約14万円)も引き出させていた。女性は友人や在コルカタ日本総領事館に連絡を取って逃げ、12月下旬にコルカタの警察に被害届を出したという。 総領事館は「事件の性質上、詳細は明らかにできない」としている。 インドでは性犯罪を厳罰化しているが、レイプ事件が後を絶たず、外国人旅行者が被害に遭うケースも相次いでいる。(共同) http://www.sankei.com/world/news/150103/wor1501030023-n1.html
2015/01/03 2:16
韓国原発、品質保証書を偽造した部品を取り付け、納入会社ではなく試験機関も偽造。事故が続出、修理の際に故障箇所を間違え。放射能漏れでは総量を、当初1・1ギガベクレル(11億ベクレル)としていたが、10日後に「実は18・8ギガベクレル」(188億ベクレル)と18倍に修正。津波もないのに事故を起こす韓国の原発こそ廃止すべきです。 — 《韓国原発、「欠陥・事故」続出の恐ろしき実態…偽造部品納入は当たり前、放射能漏れ数値は18倍増に修正》 2015.01.02 産経新聞 指定された正規の海外製部品を使わず、国内工場で偽造した安価な部品を納入したあげく、事故やトラブルを起こす-。韓国では軍の兵器だけでなく、最も神経を使わねばならない原子力発電所でもこうした偽造が横行し、実際に配管亀裂や緊急停止、放射能漏れなどの事故が続発し大問題になっている。さらに修理箇所を間違えたり、放射線量の発表数値を修正したりと事故後の対応も問題続きで、日本では考えられないような原発の恐ろしい運営実態が明らかになってきている。(岡田敏彦) ■ フランス製のはずが 原発の前にまず、韓国では最近も軍需品の偽造が次々と明らかになっている実態を示しておく。 MBCニュースなどは昨年、軍用レーダーなど電子機器の冷却部品はフランス製の放熱ファンを使うよう指定されているにもかかわらず、実際は安価な台湾製が納品されていた-と報じた。偽物が使われていたのは、誘導ミサイル装備のコムドクスリ級高速ミサイル艇「尹永夏(ユ・ヨンハ)」や最新フリゲート艦「仁川(インチョン)」などの電子機器冷却ファンで、京機警察庁国際犯罪捜査隊は納入業者を逮捕した。 納入業者は台湾から仕入れたファンの製造ラベルを剥がし、フランス製を示す偽造ラベルを貼って軍に納入していたという。偽造納入は2004年から10年間続き、その規模は約10万個、額にして14億ウォン(約1億4千万円)にのぼり、海軍主要艦艇のほか陸軍の弾薬運搬車や衛星通信機器にも使われているという。 ■ 偽造の蔓延 こうした部品の偽造は、韓国軍では常態化。国防技術品質院が13年から過去7年間にさかのぼって納品された軍需関連部品の「公認試験成績書」を調べた結果、241業者が成績書を偽造していたことが明らかになった。 上陸作戦で使うはずが池で浸水して沈没し、死者1人を出す事故を起こした水陸両用装甲車K-21で268件の偽造が見つかったのをはじめ、K-9自走砲で197件、新型のK-2戦車で146件など、同院の摘発は2749件にものぼった。チェ・チャンゴン同院院長は「これらの業者は公認機関が発行する試験成績書を偽造したり、すでに発行した試験成績書の点数や日付を変造して提出した」と説明。まるで正規部品の方が少ないのではと思わせるような実態だった。 昨年10月の北朝鮮警備艇との砲撃戦では、韓国高速ミサイル艇が装備する主砲2門が両方とも弾詰まりを起こして戦闘が不可能になったが、これも不正部品の納入を疑う声が強い。さらに恐ろしいのは、こうした部品偽造の蔓延が原発にまで及んでいることだ。 ■ 怖い原発の実態 現地の報道によると、昨年10月17日午前2時9分、韓国全羅道霊光郡にある「ハンビッ原子力発電所」=旧霊光(ヨングァン)原発=3号機が、蒸気発生器の異常で稼働停止し、放射能漏れ事故を起こした。 ハンビッ原発は1986年8月に竣工し、2002年までに6基の原子炉を建設したが、近年は周辺住民の不安をかき立てる事故を次々と起こしている。11年2月には5号機のモーター内にドライバーを置き忘れたことが原因でモーターが故障し自動停止。12年4月には6号機で燃料棒が損傷し、夏から秋にかけては2号機と5号機で蒸気発生器への給水ポンプが故障した。 さらに同年11月には5、6号機で品質保証書を偽造した部品が取り付けられていることが判明。これをきっかけに韓国内で原発調査が行われたが、その結果、新古里(シンゴリ)1~4号機、新月城(ウォルソン)1、2号機で、安全系統の制御ケーブル部品の品質保証書の偽造が発覚。しかもこの2原発の場合、偽造に手を染めたのは納入会社ではなく、なんと試験機関だったことが明らかになった。 中央日報電子版などによると、韓国内では原子炉の冷却材喪失事故を想定した高温、高圧下の試験を行う施設がなく、カナダの試験機関に依頼している。その試験が規定の圧力条件を満たしていなかったのだが、「基準を満たしたように書き換えられていた」(同電子版)という。 また新古里1、2号機と新月城1、2号機では、基準に関することだけでなく、試験結果も偽造されていた。もはや試験の意味などない。 ■ 動かぬ原発…トラブルだけはノンストップ 一方、渦中のハンビッ原発はその後もトラブルが止まらず、12年11月には点検中の3号機で制御棒誘導管84本のうち6本で亀裂が見つかり、再稼働が延期に。今年3月には2号機で「原因不明」の停止事故が発生。10月3日には1、2号機で外部からの電源供給が停止し、相前後して1~4号機の火災感知器約200個も不良品だったことが判明した。 10月17日の3号機の放射能漏れ事故は、起こるべくして起きたというほかない。しかもこの事故では、修理の際に故障箇所を間違えるという重大な人為的ミスも起こした。朝鮮日報(電子版)などによると、2台ある蒸気発生器のうち、亀裂が発生したのとは別の蒸気発生器を故障と判断し、経路を遮断したという。 さらに放射能漏れの総量について、原発側は当初1・1ギガベクレル(11億ベクレル)としていたが、10日後に「実は18・8ギガベクレル」(188億ベクレル)だったと18倍の量に修正。もはや何を信じていいのか分からない状態だ。 ■ 鎖の強度 こうした事故の背景には、「部品1つくらいなら」という軽い気持ちで安い偽造品を納入する儲け主義や、「1カ所くらいなら」という安易な整備・点検の姿勢があると指摘される。何事も一から設計して製造することをせず、技術の“パクリ”に走りがちな韓国特有の欠点といってもいい。「鎖の強度は、最も弱い輪で決まる」という考え方を徹底しない限り、事故はなくならないだろう。(昨年11月12日掲載、一部修正) ◇ 産経ニュースが日々お届けするウェブ独自コンテンツの「プレミアム」。特に人気のあった記事を厳選し、【メガプレミアム】として年末年始に一挙“蔵出し”します。改めてお読み頂き、2014年がどんな年だったか振り返ってみませんか。なお、人物の年齢や肩書きなどは原則として掲載時のままとなっております。 http://www.sankei.com/west/news/141107/wst1411070063-n1.html
2015/01/02 23:52
ロシア、新世代主力ロケット アンガラ-A5の打上げ成功で、宇宙戦力再建。完全国産、国内基地からあらゆる軌道に大重量のペイロード(貨物)を投入する能力を手に入れ、自律的な宇宙アクセスを回復。空軍と航空宇宙防衛部隊を2016年までに合併し、「航空宇宙軍」へ再編する方針。 — 《ロシアが新世代打ち上げロケットの発射試験に成功 宇宙戦力建て直しとなるか》 2014.12.26 WEDGE Infinity 小泉悠(財団法人未来工学研究所客員研究員) 12月23日、ロシア航空宇宙防衛部隊(VVKO)は、アルハンゲリスク州にあるプレセツク宇宙基地からアンガラ-A5ロケットを打ち上げた。 これについて国営ノーヴォスチ通信(12月23日付)は、オスタペンコ連邦宇宙庁長官の誇らしげな発言を次のように伝えた。 「重量級ロケット打ち上げ機アンガラ-A5の初の打ち上げ試験プログラムは成功裏に実施され、ダミー衛星は予定の軌道に投入された。この成功は、新型ロケットの間断ない計画作業と開発作業に携わった多くの人々の努力の成果である。彼らの力により、ロシアは改めて先進宇宙大国としての地位を確固たるものとすることができた」 アンガラは1990年代から開発が続いていたロシアの新世代主力打ち上げロケットである。燃料タンクとエンジンから成る標準モジュール(URM)を組み合わせ、小型から大型まで様々なサイズへのバリエーション展開が可能という特徴を持つ。このため、現在のロシアが衛星打ち上げに使用しているロケットのうち、ソユーズ系を除く多くのロケット(プロトン-Mやゼニット-3、ロコットなど)を一挙にリプレースすることが可能だ。 その最初の試験発射は今年7月に実施されたばかり。今回の打ち上げは通算第2回目で、A5型としては初めての発射試験であった。 ■ プーチン大統領も成功を高く評価 モスクワ時間午前8時57分に発射台を離れたアンガラ-A5は、全ステージのエンジンが正常に作動し、12分後には衛星(ただし、今回の打ち上げでは重量2tのダミーを搭載していた)を最終的な軌道に乗せるための上段ブロック、ブリーズ-Mへとミッションを引き継いだ。ブリーズ-Mも順調に動作し、最終的に3万5800kmの地球静止軌道にダミー衛星を投入することに成功している。 この発射試験の模様はビデオ会議でプーチン大統領も参観した。 ショイグ国防相から発射成功の報告を受けたプーチン大統領は、「私から皆さんに発射成功のお祝いを申し上げる。本日、重量級打ち上げロケット、アンガラ-Aの発射試験が計画通りに実施され、成功した。我が国のロケット・宇宙分野にとって、なかんづくロシアにとって、これは大きな、非常に重要な出来事である」と発言。さらに、アンガラには最新の技術が用いられ、それによって既存及び将来型の軍用・商用・科学衛星をあらゆる軌道に投入することができると述べた上で、次のように続けた。 「これには、弾道ミサイル警戒衛星、偵察衛星、航法衛星、通信及び中継衛星が含まれる。これにより、我々はロシアの安全保障を大きく強化する。(中略)技術者、設計者、試験担当者、軍の皆さんの働きに感謝申し上げる。皆さんは、自らに課せられた全責任を負い、その任務の達成へと一歩近づいた。皆さんの成功は、宇宙開発の分野における名だたる大国の一角をロシアが占めていることを示したものである」 アンガラ打ち上げ成功を高く評価したのはプーチン大統領だけではない。かつて国防大臣を務めたこともあるイワノフ大統領府長官も、「今日、ロシアはただアンガラを手に入れたのではない。事実上、あらゆる軌道にペイロード(貨物)を投入する能力を手に入れたのだ」と述べて、その意義を強調した。 ■ 自律的宇宙アクセス能力の回復 ロシア政府首脳部が口をそろえるように、今回のアンガラ-A5打ち上げ成功の意義は極めて大きく、しかも多岐にわたる。まず指摘したいのは、7月の第1回発射試験で打ち上げられたのは、アンガラ・シリーズで最も小型のアンガラ1.2であったが、今回打ち上げられたアンガラ-A5はURMを5本も束ねた重量級バージョンだった点である。 アンガラ-A5は、地球低軌道に対して最大24.5tのペイロードを投入できるほか、静止軌道に対しても人工衛星を打ち上げる能力を持つ。現在、静止軌道への打ち上げ能力を有するロシア製ロケットはプロトン-Mだけだが、アンガラ-A5はこれを代替することが可能だ。 プロトン-Mはすでに性能面で旧式化しつつある上、コンポーネントの一部にウクライナ製部品を使用しており、さらにカザフスタンのバイコヌール宇宙基地からしか打ち上げられない。つまり、完全に独立した宇宙アクセス手段とは言えない。 実際、プロトン-Mは有害なヒドラジン系燃料を使用することから、カザフスタン政府から打ち上げ回数の削減を求められるなどのトラブルが発生している上、ウクライナ危機で部品供給が滞る可能性もある。 これに対してアンガラ・シリーズは「ウクライナに1コペイカも渡すな」を合言葉に開発されただけあって、コンポーネント単位まで完全国産とされている。さらに、軍のプレセツク宇宙基地や、極東のアムール州に建設中の新宇宙基地「ヴォストーチュヌィ」からも打ち上げが可能であるため、ロケット本体についても、宇宙基地についても、外国に依存する必要が一切なくなる。 これまでも地球低軌道への打ち上げならば国産のソユーズで賄うことができていたが、アンガラの実用化により、ロシアは静止軌道も含めた完全に自律的な宇宙アクセスを回復できるメドを立てられるようになった。 さらにプロトンで問題になった燃料についても、アンガラではケロシン系燃料を使用するようになっており、環境負荷は大幅に低下した。 ■ 初の完全な打ち上げ 7月のアンガラ1.2打ち上げと比べた場合の重要性として、もう一点指摘したいのは、「打ち上げロケット」としての完全な飛行試験は今回が初めてであったということだ。 実は7月の際には、今回と同じようにプレセツクから打ちあげたものの、軌道には乗らずにカムチャッカ半島のクラ射爆場に落下していた。これはロシア軍が長距離弾道ミサイルの発射試験を行う際の標準的な飛行コースで、「ロケット」というより「ミサイル」に近い運用であったと言える。理由ははっきりしないが、まずは飛ばしてエンジンの動作その他の実地に検証してみるという段階だったのだろう。 これに対して今回打ち上げられたアンガラ-A5が静止軌道にまでペイロードを投入したことは前述の通りで、晴れて「ロケット」としての能力を実証したことになる。しかも 今後はダミーでなく実用衛星を打ち上げるなど実績を重ね、2020年ごろまでにはプロトン-Mを代替する主力打ち上げ手段へと発展していく計画だ。 ■ 開発にはロシア軍が深く関与 ところでアンガラ-A5が軍の航空宇宙防衛部隊によって打ち上げられ、その成功がショイグ国防相からプーチン大統領へと報告されたことからも明らかなとおり、アンガラの開発にはロシア軍が深く関与している(さらに言えばプレセツク宇宙基地もれっきとした軍事基地であり、大陸間弾道ミサイルの発射試験にも用いられる)。 ロシア国防省は、ロシア連邦宇宙庁(ロスコスモス)とともに宇宙計画の実施責任官庁に指定されており、アンガラも国防省が主契約社であるフルニチェフ社に発注して開発させたものである。つまり、アンガラも立派な軍の装備品、もっと直截に言えば「兵器」なのだ。 したがって、プーチン大統領の発言にある通り、アンガラは各種軍事衛星の打ち上げミッションにも使用されることになろう。 かつて宇宙でも軍事大国の地位を誇ったソ連だが、現在のロシアには、光学偵察衛星は1基しかなく、核抑止を支える弾道ミサイル警戒衛星もほとんど機能停止中(生きている衛星も第一世代の旧式機であり、米国の新世代ミサイル警戒衛星には性能面で遠く及ばない)など、実態は非常に厳しい。それでも2000年代以降、米国のGPSに相当するGLONASS航法衛星システムの打ち上げを進め、ほぼ実運用段階に至っているほか、今後は新世代の偵察衛星やミサイル警戒衛星についても打ち上げが始まるなど、進展も見られるようになってきた。アンガラはこうしたロシアの宇宙戦力建て直しの屋台骨となろう。 さらに、アンガラ-A5の打ち上げに先立つ12月19日、定例の国防省拡大幹部会議に出席したプーチン大統領は、空軍と航空宇宙防衛部隊を2016年までに合併し、「航空宇宙軍」へと再編する方針を明らかにした。 現代の軍事作戦は大気圏内のみならず、人工衛星を利用した偵察・通信・航法等の情報活動、弾道ミサイル迎撃など、宇宙空間にまで広がりを見せている。今後は対衛星攻撃能力の獲得など、宇宙空間での軍事活動がさらに拡大することも考えられるため、大気圏と宇宙空間での作戦を一体的に統括する組織の必要性は以前から指摘されてきたが、今回は具体的な期限を区切って国家のトップが認めた形だ。 実は航空宇宙防衛部隊も、旧宇宙部隊(軍事衛星の打ち上げ・運用、弾道ミサイル警戒システムなどを担当)と空軍の重要拠点防衛部隊とを合併して2012年に設立されたもの。「航空宇宙軍」が設立されれば、旧宇宙部隊と空軍とが完全に一体化することになる。 この意味でも、今回のアンガラ-A5打ち上げ成功が持つ意味は大きい。 ■ 小泉悠(こいずみ・ゆう) 財団法人未来工学研究所客員研究員 1982年生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了。民間企業を経た後、2008年から未来工学研究所。09年には外務省国際情報統括官組織で専門分析員を兼任。10年、日露青年交流センターの若手研究者等派遣フェローシップによってモスクワの世界経済・国際関係研究所(IMEMO)に留学。専門は、ロシアの軍事・安全保障政策、軍需産業政策など。著書に『ロシア軍は生まれ変われるか』(東洋書店)。ロシアの軍事情報を配信するサイト「World Security Intelligence」(http://wsintell.org/top/)を運営。 http://wedge.ismedia.jp/articles/-/4586