今度はフィリピンに初の慰安婦像。更に事態が悪化しました。
先の大戦末期、比マニラ市街戦が凄惨な戦いとなり、日米両軍とも現地フィリピン人の生命と安全に関心を持たず民間人に大きな犠牲が出た上、ここでは海軍防衛隊による自暴自棄的な性暴力があった(ベイビューホテル事件)のは事実なのだろうと現時点では認識しています。
しかし「従軍慰安婦」ではありません。両者を意図的に混同したい朝日新聞はじめ左翼は大喜びでしょうが、異なります。
「マニラ市街戦犠牲者像」であれば、追悼しなければなりませんが、「慰安婦像」で史実を捻じ曲げるものであれば、認める事はできません。
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《【歴史戦】フィリピン政府機関、首都マニラに慰安婦像を初設置 日本大使館が抗議》
2017.12.11 産経新聞
【シンガポール=吉村英輝】日本軍占領下(1942~45年)の慰安婦を象徴するフィリピン人女性の像が、首都マニラに設置されたことが11日までに分かった。政府機関「フィリピン国家歴史委員会」が、現地の民間団体などの支援を得て建てたという。フィリピン国内に慰安婦像が建てられたのは初めてとみられる。在フィリピン日本大使館はフィリピン政府へ抗議した。
像が設置されたのは、マニラ市のマニラ湾に面したロハス通り沿いのベイウォークと呼ばれる遊歩道上。夕日を眺める名所として観光客も多く、周辺にはフィリピン政府庁舎や、日本を含めた各国大使館がある。
同委員会は学者らで構成され、歴史的建造物への碑文設置などを行う。ホームページに今月6日、慰安婦像の除幕式を8日に実施し、碑をマニラ市のエストラーダ市長(元大統領)に引き渡すと発表していた。
中国国営新華社通信(英語版)は8日、除幕式の様子を配信。像は高さ約2メートルで、フィリピン人彫刻家が作製。目隠しをして頭にベールをかぶり、フィリピンの伝統的なドレス姿。8日は1941年の日本軍のフィリピン侵攻開始日で、式典ではエストラーダ市長の代理人が、「私たちは慰安婦の苦境を忘れない」との声明を読んだという。
在フィリピン日本大使館は9日、報道で情報を得て、慰安婦像設置を確認。同日中に大統領府や外務省へ遺憾の意を伝えた。同委員会やマニラ市にも経緯を問い合わせるとしている。
写真:フィリピン・マニラ湾沿いに設置された慰安婦問題を象徴する女性の像=11日(共同)
http://www.sankei.com/world/news/171211/wor1712110028-n1.html
https://www.facebook.com/koichiro.yoshida.jp/posts/887659691401568