2014/07/17 8:27

終戦後、GHQは「人権指令」と裏腹に、個人の私信まで検閲。「原子爆弾は国際法違反の戦争犯罪」という鳩山一郎の談話を掲載した朝日新聞の48時間発行停止処分など、言論を弾圧。修身、歴史、地理の教育を禁止、米国に都合の良い歴史の書き換えを進めた。

《今日は何の日 7月15日 昭和23(1948)年 – GHQが新聞社16社・通信社3社の事前検閲を廃止し、事後検閲に移行》

■ 自主検閲をしくまれた日本

 当時米占領軍の民間検閲支援隊(CCD)は、毎月千九百万通から二千万通の郵便を取り扱い、そのうち月平均四百万通の私信を開封して、日本の世論の動向を探っていたからです。

 石原さんと同じように、私も教科書に墨を塗られたりして、戦後の教育制度の激変に翻弄された世代ですが、今日から振り返ってみると、一番影響が今日に残っているのは、修身と地理歴史の教育禁止ではなかったろうかと思います。

 これは昭和20年(1945)12月31日、「修身、日本歴史及ビ地理ノ総テノ課程」がGHQ指令によって即時中止されたという出来事です。翌21年(1946)1月11日、文部次官はこれに関する「依命通諜」を各地方長官と学校長宛てに発しています。

 修身はこの指令によって廃止され、紆余曲折を経て今日の道徳として復活しているけれどもいまだに教科書がありません。だから普通受験校では受験の補修、そうでない学校では遊び時間になっている。

 歴史について言えば、歴史教育を禁じた代わりに、GHQは昭和20年12月8日、日米開戦の日を選んで朝日、毎日、読売等の各新聞社に、用紙の特配をして4ページの紙面を作らせ、見開き2ページに「太平洋戦争史」なるものを掲載させました。

 これは「連合軍司令部提供」で、以後今日までの日本の近現代史の歴史記述を拘束しています。地理はさきほど言ったように、国境の画定、つまり戦後世界の分節化-意味づけそのものにかかわる教科だから禁止されたのです。

 もう一つ影響が今日に及んでいるのは、言葉に対する占領権力の行使です。これは通常、「国語改革」といわれているもので、当用漢字新仮名の強制から始まりました。そこに検閲をするため、なるべく日本語を簡便にしたいというアメリカの意図が作用していたことは否定できないと思います。

 占領が終わって2年後の昭和29年(1954)から見直しに着手して、歴代の国語審議会がこの問題に取り組んできましたが、いまだに抜本的な改正はできていません。

 高校以上は原則的に自由だと言っても、義務教育段階で新仮名と制限漢字を強制されるから、事実上国民の国語能力がそれまでにコントロールされてしまいます。

 その結果、現在の若い人たちは旧漢字旧仮名で書かれた戦前の文献が読めなくなっている。岩波文庫にはいっている夏目漱石の作品さえ、原文を書き替えているというのが現状です。

 日本占領中にCCD(米軍民間検閲支援隊)が行った検閲は二段階に分かれます。終戦後間もない昭和20年10月8日から昭和23年7月25日まで、全国主要新聞は事前検閲に付されていました。

 新聞、通信社の記事は、一切校正刷のまま、日比谷公園の市政会館内にあったCCD新聞係に持っていって、検閲を受けたのです。そして、OKならパスのスタンプを押されるのですが、デリートという削除やサプレスという全面掲載禁止の処置を受けることもありました。

 しかもこれは、戦前・戦中に日本の内務省や情報局の行った検閲と違って、検閲の証拠が残らないように周到な注意を払っていた検閲でした。

 だから、当時の朝日新聞でも読売新聞でも、アメリカ兵が婦女暴行をしたという記事が掲載禁止になると、突然、アメリカでは最近新しい冷蔵庫ができて非常に便利だなどという記事に差し替えられるというわけです。

 CCD当局は、あらかじめリーダーズ・ダイジェストあるいはAP,UP,INSなどという通信社が提供した穴埋め原稿を用意して、差し替えさせるということをしていた。

 なぜ検閲の存在を秘匿したかというと、ポツダム宣言の第10項に「言論の自由を保障する」ということが謳われており、占領軍が起草した現行日本国憲法の第21条も、「検閲は、これをしてはならない」と規定しているからでしょう。

 つまり、建前として日本は、「言論の自由」を保障されていることになっていたので、検閲はどうしても隠蔽されなければならなかった。

 別の言葉でいえば、戦後たしかに日本政府の官憲による検閲はなくなったけれども、それと同時に占領軍CCDの覆面検閲が始まっていた。「言論の自由」は少しも保障されていなかったということになります。

 昭和20年から23年にかけて、大体東京裁判の決着がついた頃から事前検閲は事後検閲に移行しました。事後検閲とは何かというと、一応自由に書いてはいいのだが、刷り上ったものを占領軍CCDが見て、これはけしからん、となったときには回収断裁されたのです。

 裁断されれば事実上発行ができなくなるばかりでなく、版元も著者も莫大な損失を受けます。新聞に限らず書籍もそうでした。一番大変だったのは映画でしょう。

 投下資本が大きいから、一本撮り上げて、試写で事後検閲されて、「ダメ」と言われたら、何千万円、何億円という大金が全て無になってしまう。東宝もひどい目にあっていますが、日映などという左翼系の会社は、事実上検閲でつぶされたようなものです。

 問題は、事前検閲よりも、事後検閲がそのまま自己検閲になって、その後遺症がいまも続いていることだと思います。わかりやすい例でいうと、例えば『「NO」と言える日本』という本を10万部刷ったとする。

 それが刷り上った段階で占領軍CCDの事後検閲にかけられ、「ダメ」と言われたら版元は大損をします。本は、断裁され、一冊も売れなくなるからです。そうすれば版元は、二度と石原慎太郎という著者には頼まなくなる。これが自己検閲・自主検閲です。
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