ロシア、新世代主力ロケット アンガラ-A5の打上げ成功で、宇宙戦力再建。完全国産、国内基地からあらゆる軌道に大重量のペイロード(貨物)を投入する能力を手に入れ、自律的な宇宙アクセスを回復。空軍と航空宇宙防衛部隊を2016年までに合併し、「航空宇宙軍」へ再編する方針。
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《ロシアが新世代打ち上げロケットの発射試験に成功 宇宙戦力建て直しとなるか》
2014.12.26 WEDGE Infinity 小泉悠(財団法人未来工学研究所客員研究員)
12月23日、ロシア航空宇宙防衛部隊(VVKO)は、アルハンゲリスク州にあるプレセツク宇宙基地からアンガラ-A5ロケットを打ち上げた。
これについて国営ノーヴォスチ通信(12月23日付)は、オスタペンコ連邦宇宙庁長官の誇らしげな発言を次のように伝えた。
「重量級ロケット打ち上げ機アンガラ-A5の初の打ち上げ試験プログラムは成功裏に実施され、ダミー衛星は予定の軌道に投入された。この成功は、新型ロケットの間断ない計画作業と開発作業に携わった多くの人々の努力の成果である。彼らの力により、ロシアは改めて先進宇宙大国としての地位を確固たるものとすることができた」
アンガラは1990年代から開発が続いていたロシアの新世代主力打ち上げロケットである。燃料タンクとエンジンから成る標準モジュール(URM)を組み合わせ、小型から大型まで様々なサイズへのバリエーション展開が可能という特徴を持つ。このため、現在のロシアが衛星打ち上げに使用しているロケットのうち、ソユーズ系を除く多くのロケット(プロトン-Mやゼニット-3、ロコットなど)を一挙にリプレースすることが可能だ。
その最初の試験発射は今年7月に実施されたばかり。今回の打ち上げは通算第2回目で、A5型としては初めての発射試験であった。
■ プーチン大統領も成功を高く評価
モスクワ時間午前8時57分に発射台を離れたアンガラ-A5は、全ステージのエンジンが正常に作動し、12分後には衛星(ただし、今回の打ち上げでは重量2tのダミーを搭載していた)を最終的な軌道に乗せるための上段ブロック、ブリーズ-Mへとミッションを引き継いだ。ブリーズ-Mも順調に動作し、最終的に3万5800kmの地球静止軌道にダミー衛星を投入することに成功している。
この発射試験の模様はビデオ会議でプーチン大統領も参観した。
ショイグ国防相から発射成功の報告を受けたプーチン大統領は、「私から皆さんに発射成功のお祝いを申し上げる。本日、重量級打ち上げロケット、アンガラ-Aの発射試験が計画通りに実施され、成功した。我が国のロケット・宇宙分野にとって、なかんづくロシアにとって、これは大きな、非常に重要な出来事である」と発言。さらに、アンガラには最新の技術が用いられ、それによって既存及び将来型の軍用・商用・科学衛星をあらゆる軌道に投入することができると述べた上で、次のように続けた。
「これには、弾道ミサイル警戒衛星、偵察衛星、航法衛星、通信及び中継衛星が含まれる。これにより、我々はロシアの安全保障を大きく強化する。(中略)技術者、設計者、試験担当者、軍の皆さんの働きに感謝申し上げる。皆さんは、自らに課せられた全責任を負い、その任務の達成へと一歩近づいた。皆さんの成功は、宇宙開発の分野における名だたる大国の一角をロシアが占めていることを示したものである」
アンガラ打ち上げ成功を高く評価したのはプーチン大統領だけではない。かつて国防大臣を務めたこともあるイワノフ大統領府長官も、「今日、ロシアはただアンガラを手に入れたのではない。事実上、あらゆる軌道にペイロード(貨物)を投入する能力を手に入れたのだ」と述べて、その意義を強調した。
■ 自律的宇宙アクセス能力の回復
ロシア政府首脳部が口をそろえるように、今回のアンガラ-A5打ち上げ成功の意義は極めて大きく、しかも多岐にわたる。まず指摘したいのは、7月の第1回発射試験で打ち上げられたのは、アンガラ・シリーズで最も小型のアンガラ1.2であったが、今回打ち上げられたアンガラ-A5はURMを5本も束ねた重量級バージョンだった点である。
アンガラ-A5は、地球低軌道に対して最大24.5tのペイロードを投入できるほか、静止軌道に対しても人工衛星を打ち上げる能力を持つ。現在、静止軌道への打ち上げ能力を有するロシア製ロケットはプロトン-Mだけだが、アンガラ-A5はこれを代替することが可能だ。
プロトン-Mはすでに性能面で旧式化しつつある上、コンポーネントの一部にウクライナ製部品を使用しており、さらにカザフスタンのバイコヌール宇宙基地からしか打ち上げられない。つまり、完全に独立した宇宙アクセス手段とは言えない。
実際、プロトン-Mは有害なヒドラジン系燃料を使用することから、カザフスタン政府から打ち上げ回数の削減を求められるなどのトラブルが発生している上、ウクライナ危機で部品供給が滞る可能性もある。
これに対してアンガラ・シリーズは「ウクライナに1コペイカも渡すな」を合言葉に開発されただけあって、コンポーネント単位まで完全国産とされている。さらに、軍のプレセツク宇宙基地や、極東のアムール州に建設中の新宇宙基地「ヴォストーチュヌィ」からも打ち上げが可能であるため、ロケット本体についても、宇宙基地についても、外国に依存する必要が一切なくなる。
これまでも地球低軌道への打ち上げならば国産のソユーズで賄うことができていたが、アンガラの実用化により、ロシアは静止軌道も含めた完全に自律的な宇宙アクセスを回復できるメドを立てられるようになった。
さらにプロトンで問題になった燃料についても、アンガラではケロシン系燃料を使用するようになっており、環境負荷は大幅に低下した。
■ 初の完全な打ち上げ
7月のアンガラ1.2打ち上げと比べた場合の重要性として、もう一点指摘したいのは、「打ち上げロケット」としての完全な飛行試験は今回が初めてであったということだ。
実は7月の際には、今回と同じようにプレセツクから打ちあげたものの、軌道には乗らずにカムチャッカ半島のクラ射爆場に落下していた。これはロシア軍が長距離弾道ミサイルの発射試験を行う際の標準的な飛行コースで、「ロケット」というより「ミサイル」に近い運用であったと言える。理由ははっきりしないが、まずは飛ばしてエンジンの動作その他の実地に検証してみるという段階だったのだろう。
これに対して今回打ち上げられたアンガラ-A5が静止軌道にまでペイロードを投入したことは前述の通りで、晴れて「ロケット」としての能力を実証したことになる。しかも
今後はダミーでなく実用衛星を打ち上げるなど実績を重ね、2020年ごろまでにはプロトン-Mを代替する主力打ち上げ手段へと発展していく計画だ。
■ 開発にはロシア軍が深く関与
ところでアンガラ-A5が軍の航空宇宙防衛部隊によって打ち上げられ、その成功がショイグ国防相からプーチン大統領へと報告されたことからも明らかなとおり、アンガラの開発にはロシア軍が深く関与している(さらに言えばプレセツク宇宙基地もれっきとした軍事基地であり、大陸間弾道ミサイルの発射試験にも用いられる)。
ロシア国防省は、ロシア連邦宇宙庁(ロスコスモス)とともに宇宙計画の実施責任官庁に指定されており、アンガラも国防省が主契約社であるフルニチェフ社に発注して開発させたものである。つまり、アンガラも立派な軍の装備品、もっと直截に言えば「兵器」なのだ。
したがって、プーチン大統領の発言にある通り、アンガラは各種軍事衛星の打ち上げミッションにも使用されることになろう。
かつて宇宙でも軍事大国の地位を誇ったソ連だが、現在のロシアには、光学偵察衛星は1基しかなく、核抑止を支える弾道ミサイル警戒衛星もほとんど機能停止中(生きている衛星も第一世代の旧式機であり、米国の新世代ミサイル警戒衛星には性能面で遠く及ばない)など、実態は非常に厳しい。それでも2000年代以降、米国のGPSに相当するGLONASS航法衛星システムの打ち上げを進め、ほぼ実運用段階に至っているほか、今後は新世代の偵察衛星やミサイル警戒衛星についても打ち上げが始まるなど、進展も見られるようになってきた。アンガラはこうしたロシアの宇宙戦力建て直しの屋台骨となろう。
さらに、アンガラ-A5の打ち上げに先立つ12月19日、定例の国防省拡大幹部会議に出席したプーチン大統領は、空軍と航空宇宙防衛部隊を2016年までに合併し、「航空宇宙軍」へと再編する方針を明らかにした。
現代の軍事作戦は大気圏内のみならず、人工衛星を利用した偵察・通信・航法等の情報活動、弾道ミサイル迎撃など、宇宙空間にまで広がりを見せている。今後は対衛星攻撃能力の獲得など、宇宙空間での軍事活動がさらに拡大することも考えられるため、大気圏と宇宙空間での作戦を一体的に統括する組織の必要性は以前から指摘されてきたが、今回は具体的な期限を区切って国家のトップが認めた形だ。
実は航空宇宙防衛部隊も、旧宇宙部隊(軍事衛星の打ち上げ・運用、弾道ミサイル警戒システムなどを担当)と空軍の重要拠点防衛部隊とを合併して2012年に設立されたもの。「航空宇宙軍」が設立されれば、旧宇宙部隊と空軍とが完全に一体化することになる。
この意味でも、今回のアンガラ-A5打ち上げ成功が持つ意味は大きい。
■ 小泉悠(こいずみ・ゆう)
財団法人未来工学研究所客員研究員
1982年生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了。民間企業を経た後、2008年から未来工学研究所。09年には外務省国際情報統括官組織で専門分析員を兼任。10年、日露青年交流センターの若手研究者等派遣フェローシップによってモスクワの世界経済・国際関係研究所(IMEMO)に留学。専門は、ロシアの軍事・安全保障政策、軍需産業政策など。著書に『ロシア軍は生まれ変われるか』(東洋書店)。ロシアの軍事情報を配信するサイト「World Security Intelligence」(http://wsintell.org/top/)を運営。