フリージャーナリスト 安田純平さんの帰国について

フリージャーナリスト 安田純平さんの帰国についてどう思うか、とのご質問を頂きました。

「安田純平氏の拘束と救出要請、解放・帰国」は、メディアでそれぞれの局面で大きく報じられ、その度に、伝えられる内容に疑問や不審な点もあり、実に様々な議論が巻き起こりました。

帰国後の11月2日に本人の記者会見もありましたが、指摘されてきた疑問点が氷解したとは言えず、今もって、同氏の一連の動向について論評しづらいです。

未だに判明しない事が幾つもあります。列挙してみます。

・結局、どの様な組織に拘束されたのか、分からない。

・身代金が払われたのか、誰が払ったのか、分からない。

・韓国人だと言い不思議な名前を日本語で言った理由が理解できない。

・身動きもできなかったと言うのに、解放直後から衰弱した様子が見られない。

・顔は髭ぼうぼうに伸ばしているのに後ろ髪はサッパリと刈り込まれている。

・同氏の両親が折ったという千羽鶴が鶴でなく韓国のビョル(星)。

他にも様々な疑問点があります。

この様な状況の中で、各方面から様々な意見や情報、指摘が出され、私も可能な範囲で読み進めていますが、判断の根拠となる情報が乏しい。

しかし、現時点で「思う事」を述べたいと思います。

まず、同氏の拘束が伝えられた時には、これまでにも拘束された事がある事、そして本人が、政府が危険地域への入域をやめさせようとした事を「チキン」等と批判した事から、改めて「本人が国がとめる危険地域に自ら行ったのだから、殺されても文句は言えない、身代金も払う必要がない」との議論が起きました。

まず、関連の安田純平氏のツイートです。

”戦場に勝手に行ったのだから自己責任、と言うからにはパスポート没収とか家族や職場に嫌がらせしたりとかで行かせないようにする日本政府を「自己責任なのだから口や手を出すな」と徹底批判しないといかん。”(2015年4月2日)

”シリアのコバニには欧米からもアジアからも記者が入っていて、フェミニストの若い女性やら学生メディアやってる大学生やらまで集まっているが、日本は経験ある記者がコバニ行っただけで警察が家にまで電話かけ、ガジアンテプからまで即刻退避しろと言ってくるとか。世界でもまれにみるチキン国家だわ。”(2015年6月19日)

”トルコでも爆破事件があったし、コバニなんてあのあたりではかなり安全といえるんでないか。いまだに危ない危ない言って取材妨害しようなんて恥曝しもいいところだが、現場取材を排除しつつ国民をビビらせたうえで行使するのが集団的自衛権だろうからな。”(2015年6月19日)

この他、”私は自己責任について否定したことは一度もありません”(2015年4月2日)とのツイート、逆に「自己責任論」を批判したツイートも複数しています。

そして、明確なのは、「危険地域にジャーナリストが入る事を政府が邪魔するのではなく、高く評価すべきであり、拘束等されたら解放に努力すべきだ」との主張です。
”日本政府はジャーナリストに危険地域に行くなという。しかし、スペインは違う”(2015年5月27日)
https://twitter.com/YASUDAjumpei/status/603537663384236032 など。

非常に残念なのは、同氏のツイートは口調が上品とは言えず、事ごとに、安倍総理を「安倍」と呼び捨てで批判し、日本政府を揶揄し、集団的自衛権容認を批判し、秘密保護法を批判し、「ネトウヨ」を批判してきました。

この様なこれまでの言動から、保守的立場の人から上述の様な批判が起きたのは、理解ができる事です。

そして、国家の自国民保護の責務と、ジャーナリストが危険地域に入る使命の自己責任、という一般的な命題について、主に保守的立場の人からは同氏の行動を批判する文脈で「自己責任」を強調する意見が多く出され、左翼からは、ジャーナリズムの重要性を強調して同氏を擁護する「自己責任論を主張するウヨクを叩く」意見が多く出された様に思います。

私は多分「保守」の要素が濃い立場なのでしょうし、安田氏の言動に批判的に受け止める点が多い事も事実ですが、この問題については、同氏の主張にも同意できる点がある、近代国民国家では当たり前の結論がある、と理解しています。

それは、
① 国家は、自国民保護を、最重要の責務の一つとし、自国民の危機に於いては救出に最大限の努力をする。
② ジャーナリストは、信念に基づき、自己責任において生命や身体の危険を覚悟して、必要だと考える危険に飛び込み、真実を知る活動を行う。
③ 国家にとり、自国民ジャーナリストが把握し提供する一次情報は、場合によっては国家の存亡に関わる事もある、最も価値ある資産の一つである。
という事です。

国家にとって自国のジャーナリストが現地に乗り込む必要性についてもう少し述べれば、「ネットの世界的な普及により、危険地域の情報は、その地域の住民が発信する情報があるから、日本人が乗り込む必要はもう無い」との意見が散見されますが、勿論、これは誤りです。

情報は、全て疑う事から始めなければならない。「現地住民が発信する情報」にも様々なフェイクやバイアスがあり、外から入って発信する人の情報にも同じく様々なフェイクやバイアスがあります。

従って、より多くの発信源によるより多種多様な情報が得られ、相反する様々な情報から取捨選択し、全容や核心を掴める事が重要です。

そして、自国民が拉致された際の国家の対応ですが、
通常の国家では、自国民が拉致された場合には、軍事力の行使を含めて実力で救出する、軍事力を背景に交渉をする、という手段の選択肢がある上で、通常の交渉、場合によっては裏で身代金の交渉をするのですが、身代金の支払いは、次の拉致を招き、自国民の安全を逆に損なう事から、原則として採るべき手段ではありません。

それよりましな交渉として行われる事は、身代金という「人」と「金」の交換ではなく、「人」と「人」の交換、例えば、捕虜や拘留しているスパイ同士、あるいは民間人との交換です。

ところが、日本の場合は、米製憲法に引きずられて、お話し合いという手段しかない。
後は、悪手でも身代金の支払いしかない。通常の国家よりも、自国民の危機に際して国家が採りうる手段が限られている事が、そもそも議論を歪めていると思います。

更に、2015年1月、ジャーナリストの後藤健二氏がテロ組織「イスラム国」に殺害された事も、中東の危険地域に民間人が入る事の特別な無謀性を明確にしました。

ですから、一般論としては、国家は自国ジャーナリストが自己責任で危険地域に入る事について、危険性を充分に説明すべきですが、妨害はすべきでないし、可能な支援と、危急時の救出努力をすべきであり、
他方、ジャーナリストの側も、万全の準備を整えて入らなければならない、特に危険度の高い地域では特にそうであり、死の覚悟をしなければならない、そして現在の日本は、通常の国より更に、救出の手段が限られている、国の側もジャーナリストの側も、その認識を持つ必要がある、という事です。

さて、解放後の同氏の言動に移ります。
10月24日、トルコ南部からイスタンブールに向かう飛行機の機内でNHKの取材に応じた際のやり取りが、最も率直な本音を吐露したと思われますが、次の様に述べています。

「あたかも日本政府が何か動いて解放されたかのように思う人がおそらくいるんじゃないかと。それだけは避けたかったので、ああいう形の解放のされ方というのは望まない解放のされ方だった」
「地獄だった」安田純平さん解放される 2018.10.24 NHK政治マガジン
https://www.nhk.or.jp/politics/articles/statement/10123.html

実際には解放に向けて努力していたであろう日本政府に対し、かなり悪意のある発言です。

ここで、この解放に関する重要な論点である、身代金について触れたいと思います。

10月23日、在英のシリア人権監視団が、同氏解放に際し、カタール政府が身代金を払ったと主張しました。

「安田さん解放に身代金」=カタール支払いとシリア監視団 2018.10.24 時事
https://www.jiji.com/jc/article?k=2018102400239

カタールが日本人人質の身代金を払う動機、得られる利益は何でしょうか。

産油国カタールは日本と友好的ですが、「ムスリム同胞団」やシリアの反政府勢力に武器や資金も供給して支援している事が一因となって、エジプト、サウジ、UAEと対立し断交にまで至っており、イラン、トルコと接近しています。

カタールが、対立しているサウジアラビアが今般、反体制サウジ人記者のジェマル・カショギ氏を殺害した(捜査中)事件と対比させて、カタールとトルコが協力してジャーナリストの救出に尽力しているというアピールを狙った、という説明は納得できるものがあります。

これまでもカタールは、シリアで、スペイン人ジャーナリスト3人の解放、アメリカ人ジャーナリストの解放を仲介したとされています。

日本政府もトルコ政府も、解放に向けて努力はしたが身代金は支払っていない、としています。カタールは、解放への通常の協力のみならず、同国の判断で資金を出した可能性は有り得るでしょう。

いずれにしろ安田氏は、日本政府にも、トルコ政府にも、カタール政府にも感謝しなければなりません。
話を戻します。帰国途上の機内でNHKの取材に対し、日本政府に悪意ある発言をした同氏ですが、11月2日の記者会見では、非常に穏当な発言をしました。

「今回、私の解放に向けてご尽力いただいたみなさま、ご心配いただいた皆様にお詫びしますとともに、深く感謝申し上げたいと思います。本当にありがとうございます。私自身の行動によって、日本政府が当事者にされてしまったという点について、大変申し訳ないと思っています。」
【会見全文・前編】「あきらめたら試合終了」安田純平さんが明かす40ヶ月のシリア拘
束 2018.11.3 BLOGOS
https://blogos.com/article/336156/?p=1

質疑においては、自己責任についての認識を聞かれ、

「自己責任についてですが、当事者である私が述べるのは言いづらい部分ですが、紛争地のような場所に行く以上、当然自己責任であると考えております。紛争地で日本政府が何かしらの救出をするというのが、非常に厳しい環境にある。だからこそ、政府は退避勧告というものを出している。そういった場所にあえて入っていく以上、相応の準備をし、何かあった場合に自分に起きたものは自分で引き受けるという準備、態勢としての準備、心の準備というものをやって入るものだと思っております。それによって自分の身に起きるものは、はっきりいって自業自得と考えています。」
安田純平さん「自己責任といった批判があるのは当然のこと」 2018.11.2 BLOGOS編
集部
https://blogos.com/article/336046/

と述べ、その上で、日本政府の努力について改めて言及し感謝を述べました。非常に適切な認識だと思います。
帰国した日本国内において、自分の言動が厳しく批判されている事を認識して、襟を正したのかもしれません。

次に、拘束期間中の状況に関わる議論に移ります。

11月2日の記者会見で明かされた拘束期間中の状況は、率直に言って予想と異なるものでした。

まず、それまでに公開されていた情報を確認します。

2016年5月にフェイスブックに投稿された「助けてください これが最後のチャンスです 安田純平」という写真。

2018年7月に動画サイトに投稿された「わたしの名前はウマルです。韓国人です。きょうの日付は2018年7月25日、とてもひどい環境にいます。今すぐ助けてください」という動画。

どちらも、オレンジ色の服を着て、動画は銃を持つ2人の兵士に囲まれており、後藤健二氏が「イスラム国」に殺害された事を連想させる、本当に今にも殺害されるのではないか、と思われる内容でした。

そして、その様な緊張感と共に、特に動画に関して、通常の人質情報とは別の驚きが広がったのは、「名前はウマル」「韓国人です」という自己紹介でした。

本人がそう言うのですから、そうか、韓国人だったのか、と受け止めざるをえません。
韓国人であるならば、根本的な問題に立ち至ります。
保護・救出の責務を有するのは、日本政府ではなく、韓国政府なのではないか。そうであるならば、全ての議論が根本から覆る事になります。

拘束組織は、身代金を取る事を目的として動画を作成し、公開した訳ですから、動画の内容は、彼らが身代金を取るのに最も効果的だと考える内容であったはずです。

韓国人だと言う人質の身代金を日本政府が払うと考える訳がありません。
にも拘らず、韓国人ウマルです、と言わせたのは何故か。

この動画の前に、彼らは、安田氏に「安田純平」と書かせた写真を公開しました。
その時に日本政府との上手く交渉が進まず、その理由を、安田氏が日本人ではないからだと考えた可能性があります。

そして次の動画で「韓国人」と言わせたのは、安田氏を韓国人だと考えたからだと推測するのが自然です。

なぜ韓国人だと考えたのか。安田氏の所持品に、そう判断させる物があったからだと考えるのが普通です。
最も自然に思い付くのはパスポートです。
この様な問題が起きる事に対処する為、日本在住者が日本国籍を有するのか否かは、公開すべき情報だと定める必要があると思います。

そもそも、国籍を開示する事が「差別」であるという議論は、おかしい。
国籍を理由に差別が行なわれる事を防ぐ必要はあっても、国籍を開示する事自体を問題視することはおかしいと思います。
国民であるのか否か、どの国の法に従う責務を負う存在であるのかは、個人同士が人間関係を結ぶ上で、最重要の情報です。

例えば、中国国民は、国外に居住していても、同国の国防動員法に従う義務を負っています。それを知らずに様々な関係を作ってしまい、後に中国で同法が発令され、関係のある中国人が戦時統制下の行動を取り、被害を受ける事が有り得る、等の惧れがあるのです。

人種差別撤廃条約においても、国籍に基づく区別は差別ではない、としています。

同氏の国籍が韓国かもしれない。であれば、韓国人である事を前提に、様々な議論が起きたのは当然の事です。
同氏は日本語が流暢ですから、在日なのだろうと推測しますし、二重国籍の可能性もあります。
また、同氏の両親が折ったとテレビで紹介された千羽鶴が、鶴でなく韓国のビョル(星)を繋げたものであった事も、同氏が韓国籍である事の傍証であろうと指摘されました。

以後、我々は、同氏が韓国人であって、韓国政府が保護・救出の責務を負っている可能性を考えつつ、判断や議論をしなければならない状況にあり続けています。

同氏には、実際にこの様な事態が起こったのですから、同氏を自国民として保護・救出する責務を負う国が日本なのか、韓国なのか、国籍を開示し、疑問に終止符を打ってほしいと思います。

次に、拘束の実態についてです。

記者会見で明かされた拘束期間中の状況は、上述した、公開されていた写真や動画から感じられる、本当に今にも殺害されるのではないか、と思われる状況とは異なる、生命の危険はほぼ無い、という内容でした。

まず印象深いのが、「殺すようなことは絶対にない」と再三言われた、との発言です。
「ゲスト」だと言われ、日本政府に身代金を要求する、と。
待遇は色々と変わった様ですが、食事が取れ、テレビを視聴できる時もあり、本も読め、扇風機があり、強制労働もなく、身体への直接的な苦痛を与える様な行為もない。

同氏が「地獄」「拷問」と説明する内容は、共産中国のウイグル・チベット・モンゴル・法輪功の人達などへの死に至る本当の拷問と比べると、全く異なるものです。

そして、これまで安田氏を拘束したのはヌスラ戦線だと考えられていましたが、同氏は、拘束組織が自らをイスラム系ではない様に発言した内容も聞いており、「ヌスラのふりをしたのかな」と、ヌスラ戦線ではないとの認識を語っています。

そして、拘束組織から日本にメッセージを書くよう要求された際には、日本側に「払うな」「放置しろ」と、組織に分からない様にメッセージを送った事を述べています。
立派な行動だと思いますが、死の切迫感のある状況ではない。

公開されていた、「助けてください これが最後のチャンスです 安田純平」という写真や、「わたしの名前はウマルです。韓国人です。きょうの日付は2018年7月25日、とてもひどい環境にいます。今すぐ助けてください」という動画は、この様な中で撮られたものであった訳で、若干、拍子抜けすらします。

実際、解放直後であるにも拘らず元気に歩く健康な姿、顔は髭ぼうぼうに伸ばしているが後ろ髪はサッパリと刈り込んだ姿は、「身動きもできない」拘束が続いたという状況説明からは理解できないものであり、私自身、当時、

”真実を大切にするジャーナリストかどうかの前に、嘘はついてはいけない。3年4カ月、地獄の拘束生活で、身動きも許されなかった人は、救出された時に、筋肉が衰えていて歩けない。共産独裁中国のチベット、ウイグル、モンゴル人への弾圧への抗議活動に関わった者なら、誰でも知っている。”(10月27日)

というツイートをしました。

同様に、多くの人から、「入院してももっと弱る」「拘留された捕虜はもっとボロボロになっていた」等々、同氏の健康で元気な様子への疑問が呈されました。

一つ疑念、不信感が生じると、次々に、
「本当に拘束されていたのか?」
「ある時点から人質ビジネスに協力したのではないか?」
「そもそも拘束劇全てが演技だったのではないか?」
と疑念が広がっていく事も仕方がないと思います。
全てを疑えば、身代金を狙った狂言ではないか、という見方すら出てくる。

この点については、同氏と同じ苗字である安田峰俊氏の
「安田純平氏へのバッシング、いちジャーナリストとして思うこと 過去の仕事を調べ
てみた」
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/58267
という論評が、一部で批判はありますが、比較的バランスが取れていると思います。

自身がジャーナリストである安田峰俊氏は、
① 安田純平氏は、過去の仕事を調べると、きちんとジャーナリストとして仕事をしてきた、
② 拘束され過ぎとの指摘については、危険地帯に入るジャーナリストとしては普通、
との指摘をしています。

今のところ、私は、
安田純平氏がジャーナリストの仕事をする為にシリア入国を図ったという意図については、そうであろうと思います。そして、本人の言う「判断ミス」をして拘束された。
そして、運良く、殺される心配をせずに済む状況の中で、しかし拘束は長期になった。
残念ながら、シリアに入って行おうと構想していた活動はできなかった。
言動には、屈折した所や大袈裟な所があり、それらが不信感や反発を招いた面がある。

という事ではないか、と考えています。

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