《ITの研究者が子供にITを使わせない理由》
2015.01.13 読売新聞 竹内健 中央大学理工学部教授
クリスマス、お正月といった、いわゆるホリデーシーズンにお子さんにプレゼントをあげられたご家庭も多いのではないでしょうか。パソコンやタブレット、スマートフォンは随分安くなりました。価格だけを考えたら、こういった電子機器は気軽に子供たちに買ってあげられる商品になりました。
■ 現代人に必須とされるIT
今やどのような仕事でもITが必須です。ITは重要な「手段、ツール」ですので、できるだけ早い時期から子供はIT機器に慣れ親しみ、使いこなすようになって欲しい、と思われる方も多いでしょう。小学校などで子供たちにタブレットを配ることを推進する人が増えてきましたし、ネットで検索できる知識は覚える必要が無い、という人さえも出てきました。
私自身はITやエレクトロニクスの研究をしています。かつて企業に勤めていた時には、世界初のフラッシュメモリの立ち上げに携わりました。開発に携わったフラッシュメモリやSSDは、パソコン、サーバー、デジタルカメラ、iPod、iPad、iPhone…と多くの電子機器に使われています。更に、フラッシュメモリを使ったストレージは大容量化し、データを大量に記憶できるようになりました。その結果、以前は知りえなかった情報をネットで簡単に検索できるようになりました。
■ ローテクな親だったスティーブ・ジョブズ
しかし、実は子供には自分が開発したIT機器の利用を厳しく制限しています。子供たちには携帯電話は普段は持たせず、どうしても必要な時だけ、機能を通話に絞ったものを持たせています。仕事をする「手段」としては、ITだけでなく英語も重要になってきています。英語に関してはむしろ子供には積極的に勉強するように言っています。ではITと英語は何が違うのでしょうか。ITは便利なツールだけれども、まずは情報を理解する力を養ってからでないと、弊害も多いと考えるからです。
先日、アップルを創業し、iPhone、iPadなどのIT機器を生み出したスティーブ・ジョブズが子供には自分が開発したiPhoneやiPad、コンピュータを使わせずに「ローテクな親だった」というニューヨークタイムズの記事「Steve Jobs Was a Low-Tech Parent」が話題になりました。
■ 途上国で必要とされるIT機器
子供にタブレットを持たせて教育するのは、おそらく途上国のように、本を一人ひとりの子供に配れない国では大変有効でしょう。膨大な本を配るよりも、タブレット一つを子供に持たせる方がはるかに安く済む場合もあるからです。貧しい途上国では社会インフラの整備が難しいので、通信網も有線の通信網を敷くことは難しい。先進国のように有線のインフラの次に無線のインフラを作るのではなく、最初から低コストな無線で通信を行うという事例もあるようです。OLPC(One Laptop per Child)という途上国の子供たちに安価なパソコンを配って教育を行うプロジェクトもこうした考えの一つでしょう。
このように、インフラが整っていない、財政的に厳しい人たちに対して、IT機器を使って安価に高いレベルの教育を提供することには私も大賛成です。一方、日本のような先進国で、子供たちに早い時期からITに触れさせる必要性は良くわかりません。というのも、ITの発達でこれだけ膨大な情報へのアクセスができるようになって、人は賢くなったのか、正直なところ、自分の実感としてよくわからないのです。これは、自分がやってきた仕事を否定する面もあって、つらい部分もあります。
■ 同じ情報に接しても判断するのは人次第
というのも、同じ情報に接しても、それを「白」と判断するか、「黒」と判断するかは、人間次第だからです。同じ情報に接していても、判断を間違ったら何にもなりません。例えば、仕事選びで、ブラック企業という言葉が良く使われます。霞ヶ関のキャリア官僚は寝る時間も惜しんで働いていて、勤務時間からすると間違いなくブラックです。大学教授という仕事も、研究プロジェクトを増やすほど、研究をやればやるほど事務仕事が増えていくのに給料は変わりません。起きている時間、365日ほぼずっと仕事をしているので、ブラックといえばブラックです。
しかし、物事には光と影の両方の側面があります。例えばキャリア官僚であれば、在職中の拘束時間はブラックでも、民間では到底会えないような人とのネットワークが広がり、退職した後に役に立つこともあるでしょう。つまり、在職中はブラックだけど、それも将来への投資と割り切れば、人生のトータルで見ればプラスになることもあるのです。先月の衆議院議員選挙でも、元キャリア官僚の方が相当数、当選されていました。
経営コンサルティングや投資銀行も給料は高いけれども、在職中はとても苛酷な環境です。将来の投資のために、数年間だけ経験を積もうとする方も多いでしょう。大学教授の場合は、何よりも自分がやりたい研究をできる、というのはお金で買えない貴重な機会なので、長時間働いていても、企業に居た時ほど苦痛には感じません。
もちろん、どう感じるかはその人の価値観によります。同じ経験をしても、白にも黒にもなりえるので、他人に強要できるものではありません。自分が「白」と思えることでも、「黒」と感じる人に強要すると、ブラック職場になるのでしょうね。
■ 判断力の未熟な子供にIT機器は本当に必要か
さて、子供の話に戻りますと、これだけ情報があふれているからこそ、どうやって情報を仕分けるか、何が白で何が黒か、見分ける能力こそが大切だと思うのです。これは最近発達が目覚しい人工知能ではできない、人間しかできない能力です。正解は一つだけではないのですから。ITや人工知能などの技術の発達により、機械が人間の仕事を奪っていく時代では、判断力こそが人間に残された大切な役割だと思うのです。
もちろん、多くの情報に接することも判断する上では大切ですので、情報を得ること自体を否定するつもりはありません。ただし、① 情報を判断できる力を身につけてから、② 多くの情報に接する、という順番が大切だと思うのです。判断力が未熟な子供にとっては、IT機器などを通じて簡単に情報が得られることが、ひょっとしたら判断力を養う上で悪く作用するのではないか。
子供だけでなく、誰しも楽をしたいもの。答えが簡単にわかったら、なぜそのような答えになるのか、理由なんて考えなくなるのではないでしょうか。また、小学生にスマートフォンと持たせると、自分だけでなく他人の個人情報を含んだ写真や情報をダダ漏れにしてしまった、という経験をされた方も多いでしょう。その子の親に注意したら、親自身がなぜ悪いかわからない…という経験も。
■ 人間はどうITと付き合うべきか
情報というのは便利なだけに、非常に危険であることを良くわかるようになる年まで子供にはアナログに生きて行ってもらうつもりです。ただ、これは少し保守的すぎる考えかもしれません。むしろ、現在のIT技術があまりにも未熟であり、子供が思考力をつけられるようなIT機器を私たち研究者、技術者が生み出さなければいけないのかもしれません。いずれにせよ、ITの急速な発達に、私たち人間の方が追いついていないと感じています。子供に限りませんが、人間がITどう付き合っていくべきか、まだまだ考えなければいけないと思っています。
竹内 健(たけうち・けん)/中央大学理工学部教授
専門分野 ICTのデザイン
東京都出身。1967年生まれ。1991年東京大学工学部物理工学科卒業。
1993年東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻修士課程修了。
2003年スタンフォード大学経営大学院修士課程修了(MBA)
2006年東京大学大学院工学系研究科電子工学専攻博士取得。
工学博士(東京大学)
東芝、東京大学大学院工学系研究科電気系工学専攻准教授を経て2012年より現職、
現在の研究は超消費電力かつ大容量なメモリやコンピュータシステム。Tの字のように視野が広く、特定分野について奥行きの深い「T字型人間」の育成を目指してMOT(技術経営)教育を実践中。東芝にてフラッシュメモリの実用化に成功し、世界最大容量の製品を6度にわたり商品化。世界で210件の特許を取得。